短編小説 『同級生』『雪』『蛾』

2012年03月01日00:05

   『同級生』『雪』『蛾』

 蝶番、蝶の物の怪。昼の者、蛾形とは似た容姿出で立ち。歳は二十三。
 蛾形、蛾の物の怪。夜の者、この二者は姉妹ではない姫々。歳は同じ。
 蜜蝋、蜜の物の怪。双姫に仕え、身辺を世話する女。雑用。歳は二十。
 蜂餓、蜂の物の怪。双姫に仕え、秘薬の元の蜜を集める女。歳は十七。
 花宮、花の物の怪。双姫に仕える庭師見習いの女児。歳は十。
 東光、人間の幼年。閑静な住宅街に母親と二人暮らし。歳は七。


 人の住まない自然の奥地、というのも消えつつある現代の中、こんこんと雪降らす天の上の住処、雲の間より下界を眺め談笑する。
「よもや人間達の時代に、妖怪なんぞが天に潜んでいようとは、人は夢にも思いませんでしょうねぇ。まぁ、その方が好都合なのですけれど」
 と、呟くのは蜂餓、人間らから少々の蜜を頂き、蝶番姫と蛾形姫へと捧げる召使い。
 傍らに世話役、蜜蝋も寄り掛かり、くすくすと微笑、共に下界を俯瞰する。
「そうね、我らにとって蜜は命、人間の蜜とお庭の蜜の掛け合わせ、一絞りで一月永らえる良薬ですもの。……蜂餓、ちょっとご覧なさいよ、雪が夕日を照り返して、まるで上出来な鼈甲飴のよう」
「ですねぇ、さぞかし甘いことでしょう。ああ、夕焼けと言えば、蝶番様がお戻りになって、蛾形様が起きる頃合いです。蜜蝋さん、私は蝶番様をお迎えに上がりますねぇ」
「ええ、ええ、こちらは蛾形様のお支度を」
 二人、それぞれに分かれる。蝶番、雲に入り翅を畳むと、白の和装を纏った姫へと姿を変えた。時折、織り込まれた銀糸がてらてらと瞬く。蛾形、寝所より顔を出し、蜜蝋が衣を替え髪を梳く。赤の和装に、金糸で縫い施された紋様が映える。
 両者お付きに促され、上座へと就く。
「おはよう、蝶、昼の遊覧は可笑しかったかい。ただ、ね、一緒に飛ぶことは叶わず」
「おはよう、夜の蛾形とは、朝霧夕闇にしか会えないものね」
「本当に。お互いの姿は似ているけれど、蝶と蛾、まるで役目が違う」
「それでいても、花、蜜を制するは同じでしょう。蜜はいかが」
「宵の景気付け、頂こうかね」
 蜜蝋、蝶番に徳利を、蛾形に猪口を捧げる。姫々、どちらからともなく身を寄せる。
 蛾形、伴侶より杯を貰い、淑やかに口付け、香りを食み嚥下する。
「美味しい蜜じゃ……寝起きの身に沁みる。自然の宝物、沃土清水に咲く花から滴る蜜に並ぶ絶品、それも今は昔」
「近頃取れるものも、濁り蜜ばかり」
 蛾形、黙して杯を煽る。
「蝶番様、蛾形様、珍しいものが見えますよ」と、姫元へ駆け込むのは蜂餓。
「あらあら、何かあったのかしらね」
「ああ」面を戻し「蜂餓、良いぞ、申してみよ」
「はい、氷張りの池で、何か、小さい男の子が溺れておりますよ」
「人間の子か。氷の上で溺れるとは面白い奴じゃ。溺れるなら愛に溺れよ」と、蛾形。
「いえいえ。同級生らで睦まじく戯れ合う最中、重みで氷が割れ砕けて、一人がどっぽん嵌まりました。それは、さながら八寒地獄。他の者は蜘蛛の子を散らすかの様に」
「寒空の下。このままだと、溺死より、凍死するやもしれません」と、蜜蝋。
「そう。人間の大人は嫌いだけれど、子供は大好き……助けてあげましょう」
 上座を離れ、両手を広げる仕草をすると同時に、美しい白銀の翅が現れる。
「蝶よ、私の燐粉を使いな。人間の目には、姿が見えなくなるよ」
 蛾形の背より翅を一打ち、赤い燐粉を放つと、蝶番にひらひらと塗す。
 お気を付け遊ばせ。女中の案ずる声を背に受け、蝶番、翅を伸ばし広げて下界へ降りた。姿は誰にも見えず。
 池の上に浮遊、にょろりと蜜を舐める長い舌を伸ばし、幼年の手が届く傍に垂らす。
 その子、東光は命からがらこれを掴み、蝶ノ姫は雪の陸地まで引き上げた。翼を翻し、落ちる燐粉は粉雪に混じり、区別は難しい。姿現れ、ゆらゆら雲間へと舞い戻る。
「帰ったか。蝶、あれを助けただけかい」
「ええ?」応えつつ、自身を叩き、被った雪を払い落とす。
「溺れは無くなったが、雪の上でも寒いのは同じこと。動かなくなってしまいました」
「えぇぇ、困ったわねぇ。救いたいけれど……ああでも、もう日が暮れます」
 蝶番、寝所へと身を隠す。「お召し替えを」後に蜜蝋も続く。
「闇夜に染みるか。蝶は眠り時、朝日を待て。では、今度は、私が向かい導きましょう」
 声高らかに呼ぶ。「――花宮、花宮」ちょこちょこと、庭から現れた女児、花の化身。
「まいりました、およびでございますか」
「ああ。花宮、下界の子のことは聞いているね」
「ぞんじております」
「お前が二、三束ほど摘んできておくれ。手が軽くては、帰る時奴も申し訳がなかろう」
「はい」と花宮、礼式正しくお辞儀をして、鮮やかに彩られる庭へと赴いた。
 冬の花が咲き並ぶ中から、言い付け通り三束見繕い、和紙包み、蛾形へと手渡す。
「雪中花とは、花宮、粋なものを選ぶじゃないかい。蜜も良い。ご苦労だったね」
「はい、うれしくぞんじます」
「花言葉は、記念、でございますねぇ」と、蜂餓。
「ああ、携えさせるには打って付け。黒天井を舞い踊るついで、下界へ参ります」
「どうか、ご自愛をお忘れなく」蜂餓、頭を下げ送り出す。
 蛾形、降り立ち、東光を袖の中に抱く。その醸し出す雰囲気が、まるで母の様相。水気を拭い、温もりを与え、力失う子を優しく起こす。
 懐より水仙の花束をぬっと出し、子の腕の内へ。呆然とする子の目前で、両掌大の赤い蛾に姿を変え、東光は目を瞬き擦る。羽ばたき、木々を潜り進み、街まで林を抜ける道標を担う。子が花を抱えつつ雪を蹴り、覚束ない足取りで追従する。
 ひらひら、よろよろ、ひらひら、ひたひた。繰り返す。
 街が見えた所で蛾形は姿を隠し、東光は見知った街並みに安堵する。子は一度暗い林を振り返った後、恐ろしくなり、一目散に家に向かって駆けて行った。
 蛾形はそれを見届けて、雲の住まいへと戻る。出迎えは蜜蝋。
「お帰りなさいませ、いかがでしたか」
「大事無い、子も帰った。今時分は、本物の母の腕の中でしょう」
「それは良うございましたね」と、にっこり微笑む。「最後までご覧になられては」
「ああ、そうさせて貰います」再び雲の隙間より下界を望む。
 別れた先。人間のねぐらへと無事帰る。帰るが、一間置いて極寒へと放り出される。
 手土産の花束、茎折れ、花弁落ちる。子も同じ。その屍を拾う者無し。
 泣き喚き、鉄製の戸をごんごろ叩いては、母を呼ぶ。また泣き叫ぶ。母を乞う。
「あれあれ、あんなに滴を零されて」と蜜蝋、不安めいた表情を映す。
 子、裸足で林まで駆け抜け、池の手前にて、餓えと寒さで倒れ力尽きる。
 蛾形無言、翅を広げて、するりと子の前へと降り立った。
「……母はいれども孤児か、のう」
 蛾形、以前同様に胸へ抱き、揺りあやす。子、しばしばと瞬いてから目を覚ます。
「お前はこれから、私どもの元で新たに生きるのです。時に子よ、名を何と申す」
 子、東光(あずまぴか)と、辿々しくも名乗りを上げる。
「あずまは良いが……ぴか? ぴかとは。何とけったいな名。私が新しい名をあげましょうね。光太郎と名乗るが良い。家名は捨てよ」
 子、与えられた名を呟いてみせる。しかし物心の無い七つの子、首を左右に、実母を呼ぶ、乞う、母に会えないのかと問う。引っ掴む。
「ああ。……」目を伏せ打ち沈む。「子よ、子よ、もう見捨てられたのだ」
 蛾形、そのまま子を抱え、飛び、天の雲間へと連れ帰る。
「おかえりなさませ、蛾形様」
 今ほどの出迎えは花宮。抱いた子と目が合い、ふんわりと花の微笑を投げる。
 蛾形、この機にと、花宮に光太郎を預け、庭への案内を申し与える。
 両者小さき手を取り、翔ける、跳ねる、花びらを纏う。秘薬の蜜を飲み交わす。
 光太郎、先刻現世を去り、この時より、天上を差し照らす光の物の怪となる。

                                     了

短編小説 『タオル』『文庫本』『虹』

2012年03月01日00:04

   『タオル』『文庫本』『虹』


 私には、好きな文庫本がある。
 もう七年になるか。看護学生時代に、その本の言葉巧みな七色に魅せられ、心に根付き、今でも患者さんに対する看護の心得の一部になっている。
 私の癖として、人と話す時には、半ば必然的に話題に織り込む事柄なので、同級の多く、女性看護師らはしかめっ面を浮かべる者も少なくない。
「変わんないね」「九官鳥さんですか」「昨日も聞きましたよ」「耳タコっすよ」「飽きた呆れた居眠りしてた」「本の虫野郎!」
 と、色々持て囃されてはいるが、特に治そうとも思わない。
 患者さんの中には、老若男女、軽症で安定している者、重症で安静を余儀無くされている者、手術前で不安定な者等々あるということは、想像に難くないだろうと思う。
 入院が長引き、見舞いのいない患者さんから、友達がたくさん寄る患者さんへ、苛々と嫌味を当て付けることも珍しくない。
 それらの、蟠った、昂ぶった心のケアも看護のうちである。
 よく学生さんから、笑顔を絶やさない看護師を目指す、なんて下りを聞くが、実際はそう上手くなんていきはしない。
 重要ではあるのだが、自身が頭痛や悪心等に苛まれている時も笑っていられるのか、という話になる。
 それに、患者さんが落ち込んでいる時にも笑っている訳にはいかない。文庫本より倣った受け売りで難だが、状況やニーズに合わせた喜怒哀楽の表現が大切だと、私は心に留めて接している。
 私はまだまだ若僧ではあるが、それなりの患者さんを担当し、それなりの退院者を見送ってきたつもりだ。研修の頃は、患者さんに気に入られず、担当を外されたこともあった。相手もやはり人間である。
 当然、力及ばず、『別れ』の見送りもあった。
 嫌というほど〝真っ白〟なタオルを手に、役目が終わり、横たわったずぅんと重い身体を清拭していく。魂が抜けて軽くなる、などということはなく。
 ぼろぼろ泣き崩れるご家族に、患者さんを届け渡す度、私は思う。
 涙の数は、その人の人生の善し悪しに、比例するのだな、と。
 見送った後、日なたに出、青空を見上げれば、虹が掛かっている。涙達の道しるべ。
 雨の日は、天が泣いて道を作り、川に乗って行くのだろうかね。
 さて、私は愛用の文庫本を閉じる。
 短めの休憩を終え、院内の洗濯済みのシーツを干しに、カゴを抱え屋上まで上がれば、虹の橋が目に映る。今日もまた、誰かが天へと昇った。

                                   了

短編小説 『熊手』『海ほたる』『宇宙飛行士』

2012年03月01日00:03

   『熊手』『海ほたる』『宇宙飛行士』


「――これより帰還します」
 私は任務を終え、調査用機器を停止、メンバーがいる本船に連絡を送る。
 地球、屋久島より飛び立ち、月を越え、火星、小惑星帯を過ぎ……四つの衛星に出会いながら、長い旅路ののち木星までやってきた。
 重力も大きさも巨大で、赤茶けたガスが幾重にも渦巻く星。その流れに沿い、船を高高度で並走させ、私がケーブル付きの宇宙服を着込み、機器を携え降下する作戦だ。
 ガス流が掴めず、計画より円滑には進まなかったが、木星サンプルは回収出来た。
 私は機器を仕舞う。塵を回収する為、水掻きの付いた熊手に近い見た目をした、何とも原始的な機械だが、極地でも操作しやすい様にコンパクトな設計にしてくれている。
 そのサンプルも含め、多々を無事に持ち帰ることが、第一の使命となっていた。
 生身ではない。世界初の、ロボット宇宙飛行士。アンドロイドとも言う。当然船員も同タイプで、生物は一切搭乗しない計画だ。と、通信が入った。
『こちら海ほたる。げんじ、本船への帰還が予定より遅れています。どうぞ』
「了解、こちらげんじ。現在ガス流が安定せず、煽られ、難航しています。どうぞ」
『了解。東より嵐が接近しています。本船への到達予定時刻、十一時二十六分。十分に気を付けて下さい。どうぞ』
「了解」
 嵐! ガスの中を漂う宇宙塵がうねり、風速何千メートルもの暴風が想像を絶する衝撃で襲い掛かると思われる。
 もし到達時刻までに帰還出来なければ、本船まで危ない。今いるこの私も、粉微塵となって消し飛ぶだろう。……急がねば。
 私は油断せず、流れと位置をしっかり確認しつつ、安定空域を目指し退避する。流れからはみ出れば、木星の逆回りのガス流に入り、嵐同様砕け散ることになる。
 我ながら、作り物の身だからこそ出来ることなんだろうな。
 思えば、青の地球から打ち上げられて十余年。連絡を取るにも、往復までに一時間以上のズレがある。帰る頃には、新たな技術が確立され、もう私達の成果など必要とされていないのかもしれないが、みんなが待っていると信じて。
 海ほたるは、暗黒の中で後部を光らせて星の海を飛ぶ船を蛍に見立てているらしい。データにはあるが、蛍というものを現実に見たことがない。光る生き物、か。
「これより帰還再開します」
 一瞬煽りが治まり、特殊繊維のケーブルを巻き上げ始め様とした時、遥か遠方に空間の〝歪み〟が見えた。直後には、恐ろしく速い強風が津波よろしく私の身体を流す。
 それに伴い、未だぶら下がった私共々を安定させる様に飛行する度、船もまた、木星内へとじりじり吸い寄せられていく。懸念する嵐もすぐにやってくる。
 このままでは、木星探査そのものが失敗に終わってしまう。
「…………」
 下降限界の危険域間近に迫る直前、尾を引く長いケーブルが切断された。
 私と熊手が、本船から急速に離れ、落ちていく。アンドロイド一体とサンプルの回収より、一時離脱からの再試行が自動選択されたのだろう。合理的な選択だ。
 それでいい。本船には、まだ機器のスペアも、代わりのメンバーも存在している。
 同時刻、嵐到着。私はその真っ只中に呑み込まれた。
 ガス嵐の威力凄まじく、四肢から徐々に解体され、歪曲し、飛び散る部品は七色の光を発しながら雲間に消えていく。
 光線等からの劣化を防ぐ宇宙服の窓に、煌く白い塵が付着し、きらきら光る。その奥で、上空で、海ほたるが上手く離脱して行く光景が、最後に見えた。
 だが、彼らは必ず計画を成功させ、サンプルを地球まで持ち帰るだろう。
 心が芽生えた私より、何倍も純粋なプログラムなのだから。

                                    了

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プロフィール

ayaka_hiduki

 こんにちは、桧月彩花です。
 手持ちのお人形さんや、着せ替えての衣装のご紹介、小物、フィギュア等の撮影&レビューを主にして、空いた時間に細々と更新していく予定です。

 まだまだ拙いブログ主ですが、どうかお付き合い下されば幸いに存じます。
 その他、公開済みの短編小説も掲載しておりますので、よろしければご一緒にいかがでしょうか。

 ブログ用のメアドはこちら
 pisello_odoroso_2012@hotmail.co.jp

 名前通り、Memories Offシリーズに登場した、永遠の14歳から頂きました。
 古いですが、PS版、PS2版、PSP版、小説版、どれも面白いので、一度お手に取って頂けると嬉しいです。

ざ・てきとー

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