エロイムエッサイム、我は求め訴えたり

   the second ―― Who is the Hero for My little sister
 

 私は妹に、暫くの間効力が持続するタイプの治療魔法を施した。
 重症を負っていた箇所は既に、即席で粗方ではあるが治癒させてある。
 溶かされていたローブも修繕したから、もう淫らに裸ではない。私の腕の中で、白い魔法力のきらきら星達に囲まれて、静かな寝息を立てる妹に声を掛ける。
「可哀想に。遅れてごめんね。今はゆっくり休みなさい」
 そっと浜辺に横たえ、私は愛用の二対鉄杖を手に取った。そのまま使うことも可能であり、戦況に応じて真ん中で分離し、両手に一本ずつ持つことも出来る。
 未だ土煙を上げ続ける町方面に向いて、ぼそりと一言放つ。
「クソミミズ、跡形も残らないと思え」
 奥歯をぎりりと噛み締めた。妹の危機に、私の中を渦巻く白い炎が熾烈に猛り狂う。
 私は鉄杖に乗り、上空へ浮かび、ハイスピードで空を切って港町まで飛ばした。
 桟橋側の沖へ回って、海面スレスレを白波を立てて飛行し、町中を縦横に駆けずり回るアースワームの一匹に狙いを定めた。
 そのまま速度を殺さずに自分は飛び降り、鉄杖だけを目標へと打ち放つ。私は土煙を立たせながらレギンスで大地を擦り、幾らか滑走して止まった。顔を上げる。
 杖は横断していたワームの土手っ腹に直撃し、断末魔さえ上げさせずに粉砕した。
「ハズレ」言いつつ眼鏡を上げる。魔宝珠を着けたやつが本物で、それを倒せば分裂した小物は勝手に息絶える。何匹増えようが、大本は一匹でしかないのだ。
 因果なものか、この場所は、先程妹が危うく首を食らわれそうになったところだ。縞状の歯型が付き、抉れた地表の上に私は立っている。
 直線上の大木に突き刺さった得物を回収しようと、足を踏み出した瞬間、脇から後から地中からワームがこぞって顔を出し、行く手を阻もうと壁になる。
「素手の女が相手だと、勝てるとでも思っているのか?」
 私は腰を落とし、鉄杖目掛けて駆け出した。立ち塞がる邪魔なやつには、勢いが乗った回し蹴りを浴びせて通る。流し目で見ると、軒並み歯が折れて汁を撒き散らしていた。
 このレギンスは内部に鋼鉄仕込み、故に蹴撃を組み込む戦法も可能。そこらの普通の魔道士には履けもしない。目的の杖を幹より引き摺り出す。
「さて……残りは七体か」
 歯を失ったワームはハズレな上、今や虫の息だ。無視して良いだろう。
 私は杖をパキンと真ん中で分離し、一刀ずつ手に持ち、素振りをして馴染ませる。
 身を寄せ合ってうぞうぞ犇く中央に、魔宝珠を持つ者が見えた。あれがオリジナルだ。
「たああああああ!!」地を蹴って腹から声を出し、群れの中へ突進して行く。
 歯牙を避け、溶解液をかわし、体当たりをいなす。そして隙を突いて――
 ダン、ドン、ダン、ドン、ダン、ゴン、ガン! 
 と、リズム良く二対鉄杖を七発叩き込んだ。戦果はもう確認するまでもない。
 ワームは体中でこぼこ凹み、私の眼前でぐたりと横倒れに力尽き、額から魔宝珠がコトリと落ちた。それを拾い上げた時、本体も分身も砂屑となって風化してしまった。
 潮風に煽られて、地表を舞い、中空を漂い飛ぶ。私は宝珠を手に、少し仰ぎ見ていた。
「……終わったのね」眼鏡を上げて、鉄杖を一本に戻す。
 あれが青い魔女の刺客。魔女クラスならともかく、並の魔道士では、妹と同じく到底太刀打ちは出来ないだろうと思う。同時に、魔女クラス相手に私でもどれだけ張り合えるか分からない。相互スキルの相性の問題もある。
 魔法生物はいくら倒しても、きっと次々生み出して来るに違いない。対策としては、魔女そのものを倒すか、媒体となる魔力を封じるか。
 いずれにしろ、とんでもなく厄介なのは明々白々な事実で、私を悩ませる。
 まぁ、考えるのも重要だけど、この町を治してあげないとね。それに、浜の岩陰に寝かせたままのあの子も気に掛かるし。そろそろ治療魔法が切れる頃だ。
 私は集中し、杖に復元と再生の魔力を込め、一気に地へと突き立てた。
 そこから白光が止め処なく溢れ、波紋状にゆらゆら拡散し、遂には町全体へと染み渡っていく。蹂躙され破損した家屋、倒れた電柱、学校などの割れたガラス、荒れた農園、ワームが通った穴や窪み、その他諸々を元通りに修繕する。
「こんなとこかな」
 我ながら上々の成果だった。鉄杖を地から離し、横座り、妹の待つ浜へと飛ぶ。
 その道中、エクステンションヘアーの髪留め通信珠を通して、姉の現在位置を探った。
「……ん?」妙なことに、どうやら一旦ワープ魔法であっちへ戻っているらしい。連絡を取ろうと通信を送っても反応が無い。
 姉ちゃんのことだから心配は無用だと思うけど、一応このことは覚えておこう。
 砂浜の岩陰に横たわる妹を診る。再生しているロングヘアーを手ぐしでスッと梳いた。
 回復に時間を掛けただけあって、以前より艶やかな状態に戻っている。身体の傷跡も一つとして残っていない。施した魔法も、上手く完治した後で治療効果が切れた様だ。
 私の膝の上で、妹の瞼が震え、軽く呻きながら目を覚ました。
「わ……あねぇだ。あの、魔物はどうなったの?」
「おはよ。魔物は私が代わりに倒したわ」と告げ、私より小さな手を取って、戦利品の魔宝珠を握らせる。「あなたが持ってなさい。魔宝珠はお守りにもなるから」
「ありがと……でも、あのナマコに着いてたんだよね……」
「気にしない気にしない」妹の白い頬を両手の平で包み、微笑んで見せた。
「うん。……あ、そういえば、焼けた森の中に取り残された子がいたの。あねぇも一緒に、町まで連れて行ってあげてくれない?」
「いいわよ。ついでに森も再生しよっか。完全に焼けた植物とかは戻せないけど」
「さすが、あねぇは頼りになるなぁ」
 私達は揃って杖で飛翔し、妹のナビゲートで件の場所、海岸から近い森の境目辺りへ降り立った。てててと探しながら、私の前をちょこちょこ駆ける。
 妹がある場所で立ち止まった。私も背後から覗き込み、彼女の視線を辿る。
「これが逃げ遅れた子?」
「え、えと……」
 私を見上げて、何ともばつが悪そうな眼差しを寄越した。それもそのはず、子供ではなく黒焦げの丸太が、崩れた枝を伸ばして転がっていただけだったのだから。
「あの時は暗くて、よく見えなかったんだもん……。周りは山火事で、私その中に転移してきて焦ってたし……」
「ふふ。でも良かったじゃない。誰も犠牲者がいなくて」
「そうだよね。あ、でも、それじゃ町の人達はどこへ行ったんだろう」
「山火事で避難してるんじゃないの? 魔物のせいなら、もっと被害が出てるだろうし」
「また一緒に探してみよっ」
「ちょっと待って」私のローブの袖を引く妹を止め、「先に森を蘇らせないと」
「そっか」と、彼女は私を離し、錫杖に座って浮遊しながら眺めている。私は町に使ったものと同じ方法で、白い魔力を染み渡らせた。
 焼かれても微かに生きていた樹木が、自然治癒力を活性させて再び青い葉を茂らせる。
 私の魔法を目の当たりにした妹は、ぱちぱち手を叩いては賞賛の言葉を口にしていた。
 悪い気はしなかった。私が十六の時は、きっと可愛げのない学生だっただろうと思う。
 その後、二人で手分けして町民を探してみると、避難所に集っているところを発見した。しかし、どうもみんなどこか無気力で、疲労困憊という空気を醸し出している。
「無事だったのに、どうしたんだろうね」
 妹がぽつりと訊く。私は少し中腰ぎみに視線の高さを合わせ、
「婆ちゃんが言ってたじゃない? 青い魔女が、心を集めて魔力にしてるって」
「それで心を、削り取られちゃった?」
「きっとね。あんな大きいミミズが暴れて騒ぎにならなかったのだって、他の町の人も多分、心を吸われているからかもね。でも、診たところ全部は持って行っていないみたいだから、しばらく休んだらみんな回復するわ」
 それを聞いて、安心した様に彼女は一つ頷いた。大勢の中で、比較的調子が良さそうだった妹と同い年くらいの女の子に話を伺う。
 少女曰く、山火事が発生して一斉に避難したところ、突然気だるくなったそうだ。それ以降、私達が訪れるまでの間のことは、あまり覚えていないらしい。
 何にしても、魔法力の元である人間の心が弱っていると、私達も比例して力が弱る。
 私は回復魔法を乗せた鉄杖を振り、霧状にして広範囲に散布した。
「これで、心も身体も元気が出てくるでしょう」
 とりあえず、この町でやるべきことはやった。あと私達がすることは、青い魔女はもちろん、他の魔法生物も見付けたら倒すこと、それと姉と連絡を取って合流すること。
 足並みを揃えて避難所を後にし、建物の外に出る。丁度、私の通信珠が灯った。
「はい私。姉ちゃん?」
『すぐに、戻ってきて』
 衣擦れの音がする。おかしい、激しく動いて息を切らせながら、急いて話しているみたいだ。妹に気取られない様に、努めて平静を装って応答する。
「どうしたの? 何かあったの?」
『青い魔女、そっちのは、陽動だったのよ。だから、早く、戻ってきて――』
「分かったわ。転移魔法使って急いで戻るから待ってて」
 通信が切れた。魔法世界で良からぬ事態が進行しているらしい。
 傍らで、「おねぇ、何だって?」と、妹が心配そうな顔をして尋ねてきた。
「向こうで何かあったみたいね。呼ばれたから行ってくる」
 勘で感じ取ったのか、すかさず擦り寄ってきて、わやくなことを言う。
「私も行く!」
「あなたはまだ病み上がりでしょ。お姉ちゃんの言うことを聞いて、ここで待っていなさい。魔法世界へは私だけ戻る。いいわね」
 私はぶっきら棒にそう告げ、杖を翳してそそくさと転移魔法の詠唱に入る。
 表層的な部分とは違う、また別な考えもある。妹を人間界に残したのは、単純なレベルの差もあるけど、向こうで何が起きているのか大凡目星が付いているから。
 彼女まで連れて帰ってしまったら、私達の世界の護り手が最悪ゼロになってしまう。
「あねぇ! お姉ちゃん、待って!!」
 それでも私にしがみ付く妹を、トンッと一突きして離す。忽ち魔法が発動して、私は光に包まれ、人間界から魔法世界へと視界がオーバーラップする。
「気を付けて!! 無事に帰って来て!!」
 去り際に発せられた、妹からの精一杯のエールが耳に強く残った。

   the third ―― Break whole, Loving Memories with