エロイムエッサイム、我は求め訴えたり

   the first ―― Slay Monster's Nest
 

 暗幕が上がる。徐々に視覚、聴覚、嗅覚、触覚が私の元に戻ってくる。
 何か焦げた様な異臭が鼻を突く。訝しげに思いつつ、パチリと目を開けると同時に、「いやっ」と短い悲鳴を上げて、私は反射的に両手の平で双眸を覆った。
 一瞬だけ見えた人間界の変わり果てた姿。恐る恐る指の間から、自分がやって来た世界を見渡す。そこは灼熱に燃え盛る世界、夜なのに明々と照らされ、眼前に黒焦げの人型が横たわっているのが見て取れた。
 子供のものらしい小さな黒い指先に触れてみると、がさりと崩れて落ちた。
「ひっ……」
 私は涙目になって、パニックに陥り、一緒に来たはずのお姉ちゃん達を探す。
「お、おねぇ、あねぇ! どこぉ! 私は、ここだよぉ……」
 返事はない。それぞれ離れて人間界へ転移してしまった様だ。初めて体感する異様な光景を目の当たりに見て、私の膝は震えて、ぺたんとその場で座り込んでしまう。
 風向きが変わり、炎がこちらに迫ってくる。私の緑のローブを少し焦がした。
 這う這うの体で遠ざかるけれど、お尻が火傷しそうなくらい熱い。
「うっ、誰か……助けて……」声まで涙ぐむ。しかし、涙をいくら流したところで炎の勢いは治まることはない。とにかく、とにかく消火しなければ――。
 私は涙を拭い、膝を落ち着かせ、そっと力を入れて、内股ながらも立ち上がった。
「わ、我は求め訴えたり……水面のざぶざぶクラゲ、揺蕩え」
 錫杖を振り翳すと、頭上に大きな傘を広げたクラゲが召喚され、あちこちに水滴を垂らしながら、ふわふわと浮かんでいる。
「どうしよう……毒クラゲさんじゃ消せないよぉ。おねぇちゃぁん……」
 呼んでも誰も来ない。精々私の耳に入ってくるのは、上方へと燃え上がる、ごぉごぉという炎の雄叫びくらいなもの。四面楚歌。八方塞がり。打つ手無し。
 段々と呼吸も苦しくなってきて、私はまたへたり込んだ。水が恋しい。水が、欲しい。
 生への執着からか、精神が研ぎ澄まされ、焦げ臭い中に別なニオイを感じ取った。
「海……?」
 私は無我夢中で立ち上がり、火の手を避け、太い木々を縫って傾斜を下り、ひたすら潮の香りがする方へと駆けた。クラゲもふよふよ浮きながら付いて来る。
 暫くすると、風紋が描かれた砂浜まで辿り着き、波打ち際を境に暗緑色の海がどこまでも広がって、大きく薄黄色をした上空の三日月を照り返していた。
 私は海へ向かって飛ぼうと、急いで錫杖に乗り、浮遊しかけたところでふと閃いた。
「クラゲさん、海の水を火のところへ持っていって!」
 クラゲは指示通りに高度を下げ、傘を広げながら海中へと沈んでいった。間を置かずに海面が盛り上がり、三倍以上に膨らんだ身体をぶよぶよと震わせながら、火炎上空まで浮き流れて行く。私も浮上し、後に続いた。
「良い子ね。今よ、水を開放してあげて!」
 身体を捻る様に萎ませ、吸った海水を炎の上に垂れ流す。その姿は雑巾さながら。
 次第に山肌の一部が、白煙を出しながら鎮火し始める。
 完全に消えるまで、私達は何度も何度も、海と山の往復を続けた。月が真上に昇る頃には、ようやっと作業も大詰めを迎えた。
 草臥れて、砂浜で両足を投げ出して座る。
「ふぅ……こんなもんかな。ありがと、クラゲさん」
 礼を言うと、嬉しそうに触手を振りながら、魔法力に戻り霧散して消えて行った。
 まさか初めて使役出来た召喚魔が、毒クラゲだとは思わなかった。任務を終えて無事に帰れたら、クラスのみんなに話してみよう。きっと驚くだろうな。
 それにしても、いきなり飛ばされて来た時はパニックになったけど、一難去ると何とも余裕が出るものだ。これから、お姉ちゃん達を探さないといけない。
「あ、通信珠!」と、私は手を打って、方耳を触った。
 しかし、うんともすんとも言わない。ピアスを外して見てみると、亀裂が入ってしまっていた。もうこちらからは干渉出来ない。高熱に晒されて破損したのだろう。
「これ、高かったのにな……くすん」
 このままめげていても仕方がない。そう思い、私はピアスを装飾し直し、ローブの砂を掃ってから錫杖に乗った。全体を見渡すため、一度高高度まで浮かび上がる。
 どうやら、火災の渦中にあったのは、山間から麓へ続く、小さな港町らしかった。
 初めて訪れた異種族の世界を目の前にして、思わず声が漏れる。
「ここが人間の世界なのね……」
 でも、建物の壊れ方が自然災害的でなく、街中のあちこちに穴が開いている。干潮の砂浜でよく見掛ける、蟹の巣穴みたいに。
 私はゆっくりと町まで近付き、様子を伺う。どうもおかしい。あれだけの山火事が起きていたにも関わらず、寂然と町の灯りは消え、町の人は誰一人確認出来ない。
 強いて言えば、こちらに来た時、火災に巻き込まれたらしい子がいたくらいか。思い返せば、あの子はまだ六歳くらいだった。……。
 待ってて。夜が明けたら、私が町までちゃんと連れて来てあげるからね。
 そう心の中で約束し、私は突き出た桟橋にそっと降り立った。波に揺られて、ギシギシと、何艘か並ぶ小さな漁船が軋む。船の中にも人気はない。
 私は恐る恐る、廃墟の様な町へ足を踏み入れた。月光を頼りに、辺りを窺い、気配を探る。その時、「あっちょっ」バランスを崩して転んだ。
「いったぁ……もう」呟きながら砂埃を払い、ローブの裾を捲って足元を見ると、履いてきたパンプスの甲の部分、×字にあしらわれたベルトが一本根元から外れていた。
「あぁ、これじゃ、もう歩けないじゃない」
 よろよろと立ち上がり、近場の、扉さえ破損してなくなっている民家に入る。
「ごめんください、って誰もいなそう。お邪魔しますね」
 と、一応礼儀として、見えない主に声を掛けた。
 縫い物道具くらいは、どこの家にもあるだろう。ちょっと拝借して、靴を直そうと思った。玄関を上がる際、いつもの調子で、土足のまま上がりそうになった。
 魔法学校では人間界の講座もあり、下調べというか、基本知識は揃っている。
 私はパンプスを脱いで、手に持つ。改めて、荒れて砂埃っぽい板の間に素足を下ろす。
「あ、ついでに、おトイレも借りますね。どこかな」
 あちこち出入りして、設けられた室内を調べて回ってみると、玄関から進んで右手にトイレがあった。紙もちゃんとある。電気は点かない。
 私は履物を下に置き、錫杖を立て掛けた。ローブとアンダーローブの裾を腿まで捲り、下着を膝まで下ろして座った。
「ふぅ……」用を足す。膀胱に溜まった不純物が、水となって勢いよく流れ行く感覚が、恍惚さをもたらすと同時に、反射で私を身震いさせる。
 しかし何と言うか、余りに周囲の音が静か過ぎて、私の排泄音が響いて恥ずかしい。
 全部出し終わった様で、身体から抜け出る温かい感じが途絶えた。埃を払いつつ紙を巻き取り、毛の間などに残った滴を拭き取ってから捨てた。
 男の子は、きっと楽なんだろうな。と、いつもする度に、そういう思考が頭を過ぎる。
 下着を履き直し、汚水を流そうと、ツマミを大小どちらに捻っても水が出ない。町に起きた騒ぎで、水道も破損しているのかもしれない。
「ご、ごめんなさぁい……」
 小声で謝り、仕方なくそのままにしてトイレを後にした。手を洗う代わりに、先程台所のテーブルで見付けた、ウェットティッシュを使わせてもらった。次は裁縫道具だ。
 でも、勝手を知らない人の家で、そんな地味な道具が見付かるかは疑問ではある。
 一巡はしたけれどやはり見当たらず、とりあえず二階に向かうため、階段へと赴いた。
 古いのか、足を掛ける度にぎしりと軋んだ音を発した。奥の部屋から散策する。
 一瞥していくと、ベッドの上にぬいぐるみ、花柄の布団、レースのカーテン、学習デスク上に並ぶ小物、壁に掛かったセーラー服、学生鞄、どうやら女の子の部屋の様だ。
 なおベランダに通じる窓のガラスが割れており、カーテンが吹き込む風で揺れている。
その隙間を縫って、白んだ刈安色をした月光が仄かに差し込んでいた。
 女の子の部屋なら、ソーイングセットがあるかもしれない。私はそう思い、デスクの引き出しを失敬した。すると、一番上の段に赤い小箱を見付けた。
 開けてみると、大正解、針や糸、小さな裁ちバサミなどが綺麗に整えられていた。
 私は、大きめの針と硬めの糸を借り、デスクの上で作業を開始する。ベルトの端とパンプスの端に針を通し、動いても外れない様に、何重にも縫っていく。
 玉留めをしてはまた縫い始め、計三回縫い付けておいた。実際に履いてみると、それなりには持ちそうだ。応急処置としてはこんなものだろう。
 裁縫箱を元の通り片付け、ベッドに腰掛けた。ふぅっと一息し、天井を仰ぐ。
「……お腹空いたな」
 私は足を上げ、反動を付けてから立ち上がり、階下キッチンへと赴いた。
 またも失敬して冷蔵庫を開ける。電気が途絶えているから、痛んでいるかとも考えたけれど、ひんやりと、中はまだ冷気が少し残っていた。
 ということは、通電が途絶えてから、それほど時間が経っていないらしい。今になって思えば、町民は山火事から避難している可能性もあるわけだ。
 私はすぐ食べられそうなものを見繕い、胸に抱えてテーブルに着いた。先の散策で調べた時に、ガスも出ないことは確認済みだ。なので火も使えない。
 冷蔵庫の隣に設置されたプラスチックの網棚から、食パンも頂いた。翌朝用にでも。
 残り少なかったので、牛乳をパックのまま飲みつつ拳大のハムを丸齧り、トマトを頬張っては、サラダパックの野菜類をもしゃもしゃと食べた。
「ごちそうさまでしたっと」
 お腹が膨れたら眠くなってきた。この辺の更なる調査や姉らの探査は明日にして、今日はもう休むことにする。使った魔法力も回復しておきたい。
 私は買い置きであろうハブラシを借りて、海水をコップに汲み、歯磨きをする。この時にふと気付いて、後から海水をタライで運んでトイレも流しておいた。
 あの女の子の部屋に戻り、布団を借りる。緊急派遣で仕方ないとはいえ、知らない家の物を借りてばかりで、何だか罪悪感が芽生えてくる。一段落したらお礼をしよう。
「おねぇとあねぇは……どこにいるのかな……」
 ふんわりした布団に潜り込むと、体温で温かくなってきて、すぐさま眠りに落ちた。

 ――夢の中にいた。私が夢だと認識出来ている明晰夢。
 知覚していない時の、ただ成すがまま流される夢ではなく、何でも思い通りに、こうしたい、ああしたいと想像通りに描かれていく。
 お婆ちゃん、お父さんとお母さん、そして姉妹三人で、温かい夕食を囲んでいる夢。
 みんな表情が穏やかで、私はスープを一口啜った。格子窓の外には、大樹の魔力塵が雪の様にちらちら輝きを放って降り注ぎ、美しくも幻想的だった。
 こうした家族が一同に集う団欒の情景は、ここ数年見たことが無かった。一人きりじゃないけれど、いつもお婆ちゃんと一緒に過ごしていることの方が多かった。
 そんなゆったりとした夢の一ページが、端からばりばりと砕かれ吸い込まれていく。
 短く声を上げ、自席から手を伸ばして掴もうとしても、何にも届かない。いくら想像力で補っても為す術なく、全く思い通りにならなかった。
 私一人だけが残され、辺りには黒幕が広がるばかりで、しかもどこからか、咄嗟に耳を覆いたくなる何者かの月賦まで木霊してくる。私はイラッとした。
「ちょっと誰よ! 人の夢食べてるの!! 許さないっ、我は求め訴えたり――」
 と、詠唱途中で目が覚めた。なぜか私は今、揺れている。とても。
「え?」
 身体を起こし、寝ぼけた思考を集中させて、置かれている状況を把握しようと試みる。
 私自身も、壁の制服も、電灯も揺れ、錫杖は転がって踊っている。
「じ、地震?」
 いや、よくよく耳を澄ますと、白んできている外から、地鳴りの様な音響が聞こえる。
 私は覚束ない足取りで靴を履き、杖に飛び乗って、吹き曝しのベランダから表へ出た。
 周囲を見回すと、昨夜見付けた地面の穴から、家の二倍はあろうかという巨大なアースワームが突き出てうねうねと動いていた。それに合わせて地も鳴動する。
 きっとこれが町を壊滅させた原因で、青い魔女が放った魔法生物なのだろう。退治しなければいけないけれど、こんな大きなのを相手に一体どうやって……。
 私の夢を食べたやつにどことなく似ている。胴体は長く太く先端には口があり、長い鉤爪の様な歯が乱雑に生えている。目は無く、額らしきところに、手の平大で黄土色の宝石が埋め込まれているのが見えた。魔宝珠だ。
 もちろん私達の世界のアイテムで、この珠は通常、魔力増幅や効力上昇などが必要な時に用いられる。魔道士や魔女の技量によっては、魔物の原動力として、今回の様なイレギュラーな使い方も可能らしい。
 私も実際に見たのは初めてで、教科書をなぞった知識しかないけれど、お姉ちゃん達ならもっと詳しいかもしれない。
 まじまじと観察し、様子を見ていたら、突然こちらに頭を向けて襲い掛かってきた。
「きゃっ」
 ワームが吐き出してきた液を飛翔して避けると、液体を被った電柱が白煙を上げて溶けていく。張られた電線がだらりと弛緩した。臭う、胃酸か何かの溶解液だ。
 私は錫杖を巧みに操作して、次々続く濁った液をかわす。
「やん、きたなっ、もう、いい加減に、してよっ」
 それでも時折飛沫が掛かって、お気に入りのローブを焦がした。溶けた部分から、乳房を包む下着が露になった。自然と胸元を庇う。
「もう、やだ」そこに一瞬気を取られたせいで反応が遅れ、ワームのしなる胴体をぶつけられて、「くあっ!!」私は町上空を流され、山の方へと飛んで行く。
 杖ごと体勢を立て直しながら、樹林や山肌に衝突する前にブレーキを掛ける。
「いやぁ、ちょっと止まって、止まって! 止まりんぐ!」
 間一髪、幹から伸びる、太く鋭い枝の直前で停止した。一旦枝の上に乗る。
 女の子に汚い液を掛けるなんて最低、私はそう思い憤った。錫杖を向け、召喚魔法詠唱の構えに入る。ワームの奥、港の先、水平線から顔を出した朝日が目に沁みた。
「我は求め訴えたり! 氷雪のこんこんぎつね、舞え!!」
 私の魔力より形成された二匹の狐が、宙を駆けて行きワームへと齧り付く。胴体が凍り始めた直後、もがいたワームに振り解かれ、鋭い歯で順に噛み砕かれ消えた。
「ああっ……」
 私の召喚魔法では、レベルと力不足で太刀打ち出来ないかもしれない。こうしている間にも、魔物がのたりのたり動き回る度に町が崩れていく。
 こんな時、どうしたら良いんだろう。お姉ちゃん達ならどうするだろう。
 おねぇなら……炎の魔法を弾にして飲み込ませ、内部炸裂させているイメージ。
 あねぇなら……愛用の杖で滅多打ちにしている姿が、イメージとして沸き起こった。
 想像してみたけれど、やはりどちらの戦法も私には真似出来ないし、何より合わない。でも、どんな時も諦めずに立ち向かって行く、凛々しい姿だけは見習いたい。
 私は錫杖を横にして額まで掲げ、ありったけの心念を募らせた。
 私には難しいかもしれない。だけど、この町には一宿一飯の恩があるし、誰も不幸になってほしくない。そしてお婆ちゃんとの約束、青い魔女の好きにはさせない。
 だから精霊さん、今だけでも、その力を貸して下さい。
「我は願い訴えたり、元寇《げんこう》びゅんびゅん吹き荒ぶ風の精、いざ!」
 詠唱を言い終えると、私の傍らを一陣の風が通り抜け、空気が菱形に歪み、その中に淡いグリーン色で揺らめきながら、蝶の風貌をした風の精霊が召喚された。
「き、きてくれた! 成功した! わぁやった!」
 腕を伸ばすと、その蝶は手の甲に止まり羽を憩う。心から感動して、凝視してしまう。
 忘れるなとばかりに、前方からワームが町を蹂躙して這い回る。穴から出てきたその全容は、長いナマコに似ている。ぬたぬたとして、不快なことこの上ない。
 私は敵をキッと見据え、早速風の精霊に願う。
「精霊さん、あの気持ち悪いのをやっつけて!」
 また一陣の風が吹く。聞き届けてくれたのか、私の手から離れ飛び立ち、風の流れを羽に纏って自らの力としているみたいだ。蝶周辺の空間が、陽炎の様にぶれる。
 私も錫杖に乗って、舞い進む蝶の後に続く。
 羽ばたきながら片翼ずつ交互に羽を振るうと、どぎどぎと鋭利な風の刃が繰り出され、ワームを滅多に切り刻んでいく。一重の風刃、二重の風刃、三重の風刃――。
 振動凄まじく、大地にまで斬撃の余波が痕に残る。一方、輪切りにされたワームは、分かたれた胴体がそれぞれ意思を持つ様に、びたんびたんとあちこちを跳ね回り、しかも傷口から新たな頭が再生し始める。つまり小さくなって増殖した。
「そんな……切られても生きてるなんて……」
 しかし、悄然としている暇はない。追撃を掛けなければ、完全に倒さなければ、私達が来た意味が無い。そう思い、私は更に精霊に乞い願おうと顔を向けた。
「精霊さん、もう一度――」
 声を掛けた時には、蝶は粒子となって虚空へと消えた。それを見て間も無く、私の身体も制御出来なくなり、地面に叩き付けられた。
「あうぅっ……!」
 左脇腹を強く打った。もぞもぞ迫って来るワームの群れに、頭の中が真っ白になった。
 私は痛みを食い縛って立ち上がり、杖を抱き、左腕を庇いながら海の方へと逃げる。
 残存する魔法力が尽きた。もう飛翔することさえ不可能になった。精霊召喚の維持は、ひよっこ同然の私には長く続けられないらしい。
「助けて……誰か……」片脚を引き摺って小走り、彷徨う幽霊みたいに助けを求めた。
 分かってはいるけれど、返ってくるのは這い寄る地響きだけ。そして遂に、
「……ううっ!!」
 引いていた私の左足に噛み付かれた。細く尖った両歯が、皮を突き破って骨まで貫く。
 動脈まで切れたのか、鮮やかな血潮が溢れ出す。もう逃げられない。
「助けて……お願い助けてぇ……ぐっ」
 ワームは獲物を得て喜び、猫が鼠で遊ぶ様に足を引っ張られて倒される。落ちた時に強打したところを更に打ち、「あう……」広がる痛みに悶え呻いた。
 必死に地面を這おうと腕に力を入れてもがくけれど、新たなワームに左腕と右脚までがぶりと食い付かれ、私の心境に諦めの思いが沸き始めた。
「痛いよ……いた……い」
 またもう一体、目の前に回って来たやつが、楽しそうにあんぐりと大口を開けて、私の背にドボドボと溶解液を吐き出してきた。
「ああああああああああ!!」
 ローブが、下着が溶け、背が露になり、肌まで酸が沁み込んでくる。
「痛い!! 痛いよぉぉぉ!! たすけ、お姉ちゃあああああん!! いやあああ!!」
 叫び声も悲鳴へと変化し、辺りに木霊する。のた打ち回りたくても手足を押さえられ、
動けない。腕側と足側で私を取り合おうとするので、今にも腹から引き裂かれそうだ。
 その反動で、背で溶かされた髪がバラバラと落ちる。心が折れた。
「おねえちゃん、おねえちゃ……虫が……私を、私を……!! 虫が、虫がっ!!」
 喉が嗄れている。
「し、死にたくない!! 誰か!! 町の人でもいいから!! 誰か!! ねぇ誰か!!」
 発狂寸前の私に見えた情景。前にいるワームの口の中が、私の頭目掛けて――
 ざりっ。
 何かが抉れる様な音が聞こえた。
 私の首、取れちゃったのかな。醜くボロボロの血だらけのまま、一人で死ぬのかな。
 白いの。どこまでも白い。一点の曇りも無い光の海で浮かんでいる感じ。心地良い。
 ふと私は霞む目を見張って、髪を優しく撫で付けている人物像を捉え様とする。
「え、お姉ちゃん……?」
「そうよ。よく頑張ったわね。後は私に任せなさい」
「うん……。来て、くれたんだ…………」
 温かく抱かれながら、安堵の息を吐いて身を委ね、私の意識はそこで途絶えた。

   the second ―― Who is the Hero for My little sister