『熊手』『海ほたる』『宇宙飛行士』


「――これより帰還します」
 私は任務を終え、調査用機器を停止、メンバーがいる本船に連絡を送る。
 地球、屋久島より飛び立ち、月を越え、火星、小惑星帯を過ぎ……四つの衛星に出会いながら、長い旅路ののち木星までやってきた。
 重力も大きさも巨大で、赤茶けたガスが幾重にも渦巻く星。その流れに沿い、船を高高度で並走させ、私がケーブル付きの宇宙服を着込み、機器を携え降下する作戦だ。
 ガス流が掴めず、計画より円滑には進まなかったが、木星サンプルは回収出来た。
 私は機器を仕舞う。塵を回収する為、水掻きの付いた熊手に近い見た目をした、何とも原始的な機械だが、極地でも操作しやすい様にコンパクトな設計にしてくれている。
 そのサンプルも含め、多々を無事に持ち帰ることが、第一の使命となっていた。
 生身ではない。世界初の、ロボット宇宙飛行士。アンドロイドとも言う。当然船員も同タイプで、生物は一切搭乗しない計画だ。と、通信が入った。
『こちら海ほたる。げんじ、本船への帰還が予定より遅れています。どうぞ』
「了解、こちらげんじ。現在ガス流が安定せず、煽られ、難航しています。どうぞ」
『了解。東より嵐が接近しています。本船への到達予定時刻、十一時二十六分。十分に気を付けて下さい。どうぞ』
「了解」
 嵐! ガスの中を漂う宇宙塵がうねり、風速何千メートルもの暴風が想像を絶する衝撃で襲い掛かると思われる。
 もし到達時刻までに帰還出来なければ、本船まで危ない。今いるこの私も、粉微塵となって消し飛ぶだろう。……急がねば。
 私は油断せず、流れと位置をしっかり確認しつつ、安定空域を目指し退避する。流れからはみ出れば、木星の逆回りのガス流に入り、嵐同様砕け散ることになる。
 我ながら、作り物の身だからこそ出来ることなんだろうな。
 思えば、青の地球から打ち上げられて十余年。連絡を取るにも、往復までに一時間以上のズレがある。帰る頃には、新たな技術が確立され、もう私達の成果など必要とされていないのかもしれないが、みんなが待っていると信じて。
 海ほたるは、暗黒の中で後部を光らせて星の海を飛ぶ船を蛍に見立てているらしい。データにはあるが、蛍というものを現実に見たことがない。光る生き物、か。
「これより帰還再開します」
 一瞬煽りが治まり、特殊繊維のケーブルを巻き上げ始め様とした時、遥か遠方に空間の〝歪み〟が見えた。直後には、恐ろしく速い強風が津波よろしく私の身体を流す。
 それに伴い、未だぶら下がった私共々を安定させる様に飛行する度、船もまた、木星内へとじりじり吸い寄せられていく。懸念する嵐もすぐにやってくる。
 このままでは、木星探査そのものが失敗に終わってしまう。
「…………」
 下降限界の危険域間近に迫る直前、尾を引く長いケーブルが切断された。
 私と熊手が、本船から急速に離れ、落ちていく。アンドロイド一体とサンプルの回収より、一時離脱からの再試行が自動選択されたのだろう。合理的な選択だ。
 それでいい。本船には、まだ機器のスペアも、代わりのメンバーも存在している。
 同時刻、嵐到着。私はその真っ只中に呑み込まれた。
 ガス嵐の威力凄まじく、四肢から徐々に解体され、歪曲し、飛び散る部品は七色の光を発しながら雲間に消えていく。
 光線等からの劣化を防ぐ宇宙服の窓に、煌く白い塵が付着し、きらきら光る。その奥で、上空で、海ほたるが上手く離脱して行く光景が、最後に見えた。
 だが、彼らは必ず計画を成功させ、サンプルを地球まで持ち帰るだろう。
 心が芽生えた私より、何倍も純粋なプログラムなのだから。

                                    了