『かふぇイン! コーヒーは如何かしら~』

「いらっしゃい! 何をお探しですか?」

 明るく透き通った声音で、店員さんが傍らから声を掛けてきた。
 心を飾らない白のまま、ただ恍惚とビーンズ瓶を眺め、店内に漂う独特の香りに身を任せていた私は、咄嗟のことで返す言葉に詰まった。

「え……っと」

 何か言おう言おうとするのだけれど、適した語彙が思い浮かばず、やはり唇をぱくぱくさせて、酸欠の金魚みたいで我ながらみっともない。
 店員さんは私の言葉を待ってくれている。私は助け舟を求めるかの様に、彼女の顔を気持ち上目遣い気味に窺った。

 パッと見、歳は二十代だろうか、十七の私より年上に思える。
 暗色系でシックなハイネックとギャザースカートに、店舗の名の入ったエプロンを着けた身なり、濃茶色のソバージュのロングヘアーが似合っていて、より一層大人っぽさを醸し出している。

 サイドの緩い流し髪を、耳に掬う時に見えたピアスは少し草臥れてはいたけれど、小さな玉石が七色とはまた違う不思議な彩りを淡く放ち、彼女自身とも相まって自然と引き込まれてしまう。 


 片や私は学校指定の制服と黒タイツ姿で、どこにでもいる判子を押した様な小娘――
 まごつく私の意を汲み取ってくれたのか、彼女がふわりと微笑んでから口を開く。艶やかなリップがきらめいて見えた。

「ふふ、専門店だからって、緊張しなくても良いですよ! あなたはコーヒーが好き?」

 接客業をしているだけあり、持ち前の快活な雰囲気で取り巻いて、場の気まずい空気は払拭された。しかし、

「……あの、私は、コーヒーが好き……なんでしょうか?」

 私から出た言葉は、自身に対する疑問符付きの問い掛けだった。せっかく質問してくれたのに、質問で返してしまって失礼極まりない。
 私はすぐに頭を下げた。

「す、すみません。何言ってんだろ……私」
「あ、いえいえ、それは構いません。ですが、ご自分の嗜好が分からないということですか?」
「はい……そうなんです。コーヒー飲んでも味なんてしないのに、いつの間にか、吸い寄せられる様にこの店に入っていました」
「味がしない? もしかして――」

 記憶が?と、店員さんは言い掛けて途中で切る。当事者の私には、彼女の思うところが理解出来た。

「あの、店員さんの想像通り、私は、自分に関する記憶を一部失くしているんです。でも病気や事故の記憶喪失というわけではなくて、本当に些細なところが少し飛んでるんです。
 お母さんは、一年前までおいしそうに飲んでたのに、って言うんですけど、私にはサッパリで」

 彼女が薄っすらと憐憫の色を浮かべ、若干眉根を寄せる。

「そうでしたか……お気の毒なことです。それであなたは、何らかの残滓の影響によって、うちまで導かれて来たと」
「かもしれませんね」私は伏目がちに、静かな声でそう相槌を打った。
「失われた記憶を取り戻したいですか?」

 唐突に真摯な態度に変わり、抑揚無くそんなことを言うので、私は「えっ」と反射的に反応して顔を上げた。彼女は確かめるかの様に、もう一度同じセリフを口にする。

「……何とも言えません。過去の自分がどういう嗜好の人間だったのか、記憶を知るのが怖くはあります。でも、思い出せない記憶を知りたい自分もまた存在します」
「分かりました。でも、ちっとも思い出さないということは、わざわざ掘り起こしてまで知る必要のないことなのではないですか? 
 それが辛かった過去なら尚更でしょう。それでもあなたは本当に過去を掴みますか?」

 トクン――胸が一つ高鳴る。
 私は……私を知りたい。胸中で芽生えた想いは答えとなった。

「やっぱり、分かるなら知りたいです」

 彼女は一度頷くと、「少しお待ち下さいね」と言い残し、カウンター奥へと入っていった。目で追うと、棚からコーヒー粉を取り、サイフォンに火を点しているみたいだった。

 私は待っている間に、再び瓶類へと視線を移した。改めてネームカードを見てみると、色々な種類のコーヒービーンズがあり、小奇麗に商品棚に陳列されている。

 有名なモカ、キリマンジャロ、エメラルドマウンテン、ハワイコナ、グァテマラ、マラウィ、ウガンダから、コピ・ルアクなんてものまであった。
 基本的な命名の法則として、栽培地域や輸出国家が銘柄となることくらいは知っている。……。ふと思考が途切れた時、瓶に映り込んだ、どこか寂しげな自分と目が合い我に返った。

 あれ? 前にも同じ様なことがあった気がする。
 思い出せない。でも、どうしてこんなにコーヒーに興味を惹かれるんだろう。やっぱり何か縁があるのだろうか。

「お待たせしました」
「――っ!」前置き無く背後から呼び掛けられて、私は驚きからびくっと身を震わせた。

 その様子を見て、店員さんは「あ、すみません。びっくりさせてしまって」と穏やかに謝ってから、「では、こちらへどうぞ」と、カウンター席へ促してくれた。
 椅子に掛けると、テーブルには白いソーサーに乗ったブラックコーヒー一杯と、銀のミルクピッチャーが一つ用意されていた。カップからは湯気が立っている。

「え? 私、注文してないですけど……」

 あたふたしながらカップと彼女の顔を交互に見遣ると、店員さんはころころと笑った。

「これは私からの初回サービスですので、気にしないで下さい」
「は、はぁ、ありがとうございます」
「今は香りも味も全く無いけれど、反面神秘を呼ぶ魔法のコーヒーなんですよ、これ」
「え、どういう意味でしょうか」
「まぁまぁ、深く考えずにミルクを入れてみて下さいな」

 そう言われて、カップに視線を向けた。謎のコーヒーの持つ魔力だろうか、私は何か奇妙な感覚に捕らわれながらも、ピッチャーを傾けてそっと注ぎ入れた。
 すると、何もしていないのに、独りでにカップの表面でぐるぐると白い渦を巻き始め、馴染み、コーヒー自体も茶色く彩られた。

「そう。これは、あなた自身」

 私は状況に理解が追い付かず、無表情のまま、淡々と語る彼女の方を顧みた。

「黒いコーヒーはあなたが抱える〝ブラックボックス〟、左に渦巻くミルクはあなたが遡った〝時間〟、現在の色付いたカップはあなた自身が抽出した〝記憶〟――」

 私はこくんと息を呑んだ。店員さんは尚も続ける。

「もし本当に過去を知りたいのであれば、どうぞ、召し上がってみて下さい。飲んだ時、苦かったら辛い過去、甘かったら楽しい過去、無味ならどうでもいい過去、です。
 それが何であれ、広がる味覚や香りとともに、失われた記憶も思い起こされましょう」

 私はカップに意を戻し、一度間を置いてから、覚悟を決めて両手の平で包みゆっくりと持ち上げた。コーヒーの温かさが、冷えた指先に染み渡って心地いい。
 静かに唇を付け、啜った。味は……。

「あ、これ、苦い、です」

 私はカップを離してソーサーに戻し、渋柿の渋みを取る様に口の中で舌を躍らせた。
 そうしていることも忘れ、無意識的に深層心理へと私は落ちた。
 失った記憶、その要所要所が断片的ではあるけれど、頭の中で再生され、止め処なくフラッシュバックとなって焼き付けられていく。二度と忘れられないくらいに。


 ――ああ、そうか……そういうことか。
 だから、あの事に関する記憶を……。


 ようやっと現世に舞い戻った時、私はいつしか溢れんばかりの涙を零していた。

「うっ……うう、思い出した……思い出しちゃったよぅ」

 顔を歪ませ、洟を啜り、嗚咽を漏らし、きっと今は醜い姿になっていることだろう。
 店員さんは何も言わずに、そっと静かに私の手を取って、ハンカチを渡してくれた。
 いかなる色にも染まっていない真っ白な生地とレースの刺繍。私はそれを双眸に当てて涙を拭う。彼女の優しさが、後押しするかの様にズキンズキンと感情に作用してくる。

「もし、もし話すことで楽になるのでしたら、私に過去に何があったか教えてくれませんか? もちろん、心の中に仕舞っておきたいと仰るなら、私も、詮索はしません」

 私は洟を二、三回啜りつつ逡巡してから、すっとハンカチを離した。唇が震える。

「聞いて、ほしいです」
「はい」店員さんは力強く頷いて応えた。
「私、去年失恋してたんです――……」

 何度も何度も嗚咽で言葉を詰まらせながら、私は洗い浚いをぶちまけた。彼女は、茶化したり水を差したりせずに、うん、うんと相槌を打ちながら神妙に聞いてくれた。


 当時一年生だった私は、部活動で知り合った三年生の先輩を慕っていて、何とか親しくなりたくて、彼の行くところ行くところ雛の様に付き纏っていた。

 彼もそんな私を邪険にすることなく相手をしてくれて、気さくに談笑出来るくらいにまでは打ち解けることが出来た。
 映画や小説ほか、二人の共通の話題も見つかって、私は心を躍らせて部活動へ参加することが増えた。

 門前で別れてしまうけれど、一緒に下校することが叶った時には、学食の百円缶コーヒーをいつも買ってくれて、二人してそれを肴に飲み耽った。
 安物でも私には美味しく感じられて、何より彼と一緒に過ごせるのだから楽しかった。
 でも、もう一歩近付きたかった。他の子よりリードした位置に。

 そしてある夏の日の放課後、私は思い切って、別れ際の彼にメールアドレスを書いた紙を手渡した。受け取ってはくれた。
 けれど彼の反応は芳しくなくて、帰宅しても、夜になっても、携帯に返信はこない。結局、その日は何事もなく終わってしまった。

 迷惑だったのかな、と思い、私も根掘り葉掘りそのことを問うことはしなかった。ただ一途に信じて、スマホを肌身離さず持ち歩き、私はずっとコールを待ち続けた。

 それから先、彼との関係は変にギクシャクしてしまい、以前の様に挨拶すること、目を合わせることさえ難しくなった。

 三年生の部活の引退を経て、がらんとした部室に残された私はやっと焦りだした。しかし、焦れば焦るほど謀ったかの様に空回りし、二人になる機会も話せる機会も得られず時間だけが過ぎ行き、お互いの距離も彼の心もどんどん離れていった。

 ぐだぐだと段取り悪く過ごしているうちに、卒業式を迎え、彼が学校を巣立つ日がやってきた。
 せめて最後くらいはと、一人になった彼を追うと、ひっそりとした人気の無い階段下で、黒の円筒を後ろ手に持ち、胸元に白いバラを飾った女生徒の秘めた想いを告げられていた。

『卒業おめでと』
『お、さんきゅ。ってお前も卒業だろうよ』
 口調からして、二人とも気の置けない仲なのが見て取れた。
『あはは、だね』彼女はくすりと微笑んだ後、彼の顔をちらちら見て、言い難そうに瞳を揺らす。そして、『……あのね、私ら同じ大学だけど、そこで誰かに先越されたくないから、今、この場で、言っちゃいます』
『うん? うん』
『ずっと好きでした!』

 想いを吐き出した彼女の顔が、みるみる紅に染まる。彼は躊躇わずに答えを返した。

『……ありがとう。すげぇびっくりしたけど、ま、不束者ですがよろしくお願いします』
『あはは、やったぁ!』文字通り薔薇色の表情で、仲睦まじく彼に身を寄せた。

「――――!?」

 私の心に大きな亀裂が走った。一刻も早くその場を立ち去りたくて、私は我を忘れ、校内をただひたすらに駆け抜けた。どこを走っても、彼との思い出が追って来る。

 ついには過呼吸に陥り、壁に寄り掛かっているところを女性教師に発見され、落ち着くまで保健室で介抱してもらうという醜態まで晒した。

 衝撃が大き過ぎて、泣くに泣けない、まるで蛇の生殺しの様な春休みが始まった。
 毎日毎日あのシーンを反芻しては、心が軋み、胃が激痛を訴え、悪心を覚え、お腹は下った。こんな臓器、何度切り取ってやろうかと思ったか知れない。

 私には、メールさえ返してくれなかった。私は……私は、あの十数字で表されるアドレス以下の存在。彼は実在する私よりも、自分やアドレスを守ることを選んだ。
 私は、その他大勢でしかなかった。
 つまり、そういうこと。そういうことなんでしょ?

 考えたくないのに、想像したくないのに、あの女生徒と彼の明るいその後を、私には向けてくれなかったトクベツな笑顔を、頭の中、瞳の奥に映し描いてこびり付いた。

 このままでは私が私でなくなってしまう。だから私は、鏡台を開き、鏡の中の自分と相対して無我夢中で強い暗示を掛けた。

 彼に関することを全て、小説、漫画、映画、アニメ、ドラマ、何でもいい、とにかくどこかで見たよくある物語だったのだと言い聞かせた。

 でも、そのパターンはうまくいかなかった。フィクションだと頭が認識しているから。だから、意識の中にもう一人の自分を作り出し、擦り付けて、心の奥の檻に入れた。
 そうして暗示が上手く掛かり、安らかな日常に戻ることができ、無事に二年生となって今現在に至る。


 ここまで一気に話して、また私の心の亀裂はばっくり広がった。
 どちらかと言えば、元より塞がってはいなかった。暗示という出来損ないのパテで、隙間を埋めていただけに過ぎないのだ。

 当時は泣くことで発散出来ず、更には無理矢理押し込められ鬱積していた感情が、記憶を解かれたことで際限なく溢れ流れた。

 ごめんね、もう一人の私。今度は、私も一緒に背負うから――
 今、私達は一人に戻り、時間を越えて、漸くそれらを清算することが出来たのだろう。涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪めていて汚いけれど。

「店員さぁん……。どうして、どうして好きな人を失うとこんなに辛いの? なんで誰かに相談しなかったの、私のバカ、バカ……」

 彼女は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。下手なことを口走って、これ以上私を混乱させない様に、傷付けない様に、追い詰めない様に、そんな優しさが垣間見えた。
 私に感化されたのか、彼女もまた辛そうな表情のまま言葉を紡ぐ。

「苦い思い出は誰にも存在します。放っておけば勝手に治る外傷とは違って、心の問題を解決するには、莫大な時間が必要になるでしょう。でも……」

 彼女は一呼吸置き、

「苦い記憶を甘くすることは可能です。私では和らげることくらいしか叶いませんが」

 そう言って私の傍らに寄り、さっきのカップを示す。
 クリアな水差し型の容器を手に取り、傾けて、黄褐色の液体を小さじ一杯ほどコーヒーに注いだ。合わせて波紋が縁まで広がった。

「どうぞ、召し上がってみて下さい。あなたの過去を甘く仕上げました。飲み干した後、辛い悲恋から、まるで遠い思い出話の様な淡い恋の記憶へと移り変わっていくでしょう」
「……本当に?」震えた涙声で問い返す。
「はい。でも、あなた次第でもあります」

 私はすんと洟を一つ啜り、コーヒーカップを見据えた。
 持ってみると、少し冷めてしまっていたけれど、ミルクコーヒーの安らぐ香りが鼻腔をくすぐった。

「……」恐る恐る口に含んだ。「あっ……」と感嘆詞が漏れる。

 ざわざわと波風に揉まれ曇っていた心が、一口で、晴れ間が覗く様に穏やかな天候の兆しをもたらした。
 店員さんは見守っている。私は続けて二口、三口と嚥下した。

「美味しい……、すごく甘くて、コーヒーの味が懐かしくて、冷めてるんだけど温かいっていう、ヘンな感じ、不思議な感じがする」

 そういえば嗚咽が止まった。彼女も私の様子を見て頬を緩め、

「ええ、大分顔色が良くなりましたね」

 私は続けてカップを傾け、くっ、くっ、と全部飲み切ってしまった。

「過去に捕らわれたあなたから、過去を捉えたあなたに変わったのです。正直、こんなに早く効き目が出るとは思っていませんでした。若い力って羨ましいですね」
「ありがとうございます。でも……私が恋に破れちゃったのは変わらないんですね」
「はい、過去自体を改変することは私にも出来ませんから」
「そうですか」

 カチャ――私はカップをソーサーに返した。
 一時は自暴自棄になりそうな心境だったけれど、彼女のお陰で、私の嗜好も過去も思い出せた。失恋まで甘く癒してくれた。

 これからは、胸を張って言える。私はやっぱりコーヒーが好き。
 本当にありがとう、店員さん。……ん? そういえば。ふと単純な疑問が頭を過ぎったので訊いてみた。

「あ、けど、こんな不思議なコーヒーを煎れられる店員さんって、一体ナニモノ……?」
「私? 私は何を隠そう元魔法少女なのです」私は目をぱちくりと瞬いた。「って言っても、もう少女って歳ではないですけど、オバサンって歳でもないですよ」
「魔法少女って……いい歳に見えますけど、二十二くらいですか?」
「……企業ヒミツです」

 と、立てた人差し指を唇に当てている姿が何かおかしくて、私は無意識にくすりと笑みを零してしまった。現実的に魔法なんてありえないんだけど、彼女ならどこか信じられる気がする。
 そんな私を見て、店員さんも釣られて破顔した。

「ふふ、笑えましたね。きっと、もう大丈夫」
「あ……」心がどこも痛くない。彼女は私の両肩に手を添えて、
「あなたなら、素敵な彼氏を絶対すぐ見つけられます」
「そ、そうですか? でも私、AKP00みたいに可愛くないし、背が小さいし……」
「私から見れば、若くていくらでもやり直しが効きますし、こぢんまりとしていて十分可愛いと思います。だから今度は、メールやラインやツイッターなんて擬似ツールは捨てて、あなたの正直な想いを、隠さない心を、あなた自身の言葉でお贈り下さいませ。
 それに、昔からよく言うでしょう? 失恋や悲恋を超えた女は強く、なお綺麗になれるものだと。
 後ろ向きな考えになってはいけませんが、遙か前ばかり見ても仕方がないのです。振り返らないで、背伸びしないで、今を見据えて、一歩ずつ確実に進んで磨き上げてゆく。
 最後に笑う者が最もよく笑う、ですよ。自信を持って下さい!」

 と、私の両肩をぽんぽん叩いてから手を離した。大人のお姉さんの励ましに、私は少しはにかみながら「はいっ」と返事をして、お互い自然と笑いあった。

 その後も少し話をし、色々な国の淹れ方や、飲み方を教えてもらった。
 チーズを沈めたり、ラム酒を入れたり……それとコピ・ルアクの正体も知ってしまった。猫の……。
 蜂蜜とミルクを混ぜるのはスペイン方式で、カフェ・コン・レチェ・コン・ミエルというらしい。

 これくらいなら家でも出来そうかな? ってか、おいしかったから蜂蜜買って帰ろう。
 そして小一時間後、彼女との再会を約束して今日はお開きとなった。


 あれから一週間が経った頃、私は再び町外れまで赴き、あのトシマ法少女さんがいる店先を訪れた。

 今日は以前の無表情とは違い、明るめのおしゃれなワンピに身を包み、後ろ手を組んで薄く笑む私。そして同じ様に、エントランス上部に掲げられたネオン付きの看板を見上げた。

『Unknown Coffee Charm』

 寒風がさっと吹き付けると、私は一つ身震いして髪を払い、ストールを胸元に寄せた。
 店員さんが煎れてくれる、私だけの暖かいカフェが飲みたい。でも、ミルクたっぷりラグリマも捨て難い。迷うなぁ。

 菱形ガラス細工のドアを開けると、カウベルがカランカランと小気味良く鳴った。炒り立ての匂いが芳ばしい。

「こんにちは!」
「あら、いらっしゃい!」

   了



コーヒーは如何かしら

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