三題噺

短編小説 『同級生』『雪』『蛾』

2012年03月01日00:05

   『同級生』『雪』『蛾』

 蝶番、蝶の物の怪。昼の者、蛾形とは似た容姿出で立ち。歳は二十三。
 蛾形、蛾の物の怪。夜の者、この二者は姉妹ではない姫々。歳は同じ。
 蜜蝋、蜜の物の怪。双姫に仕え、身辺を世話する女。雑用。歳は二十。
 蜂餓、蜂の物の怪。双姫に仕え、秘薬の元の蜜を集める女。歳は十七。
 花宮、花の物の怪。双姫に仕える庭師見習いの女児。歳は十。
 東光、人間の幼年。閑静な住宅街に母親と二人暮らし。歳は七。


 人の住まない自然の奥地、というのも消えつつある現代の中、こんこんと雪降らす天の上の住処、雲の間より下界を眺め談笑する。
「よもや人間達の時代に、妖怪なんぞが天に潜んでいようとは、人は夢にも思いませんでしょうねぇ。まぁ、その方が好都合なのですけれど」
 と、呟くのは蜂餓、人間らから少々の蜜を頂き、蝶番姫と蛾形姫へと捧げる召使い。
 傍らに世話役、蜜蝋も寄り掛かり、くすくすと微笑、共に下界を俯瞰する。
「そうね、我らにとって蜜は命、人間の蜜とお庭の蜜の掛け合わせ、一絞りで一月永らえる良薬ですもの。……蜂餓、ちょっとご覧なさいよ、雪が夕日を照り返して、まるで上出来な鼈甲飴のよう」
「ですねぇ、さぞかし甘いことでしょう。ああ、夕焼けと言えば、蝶番様がお戻りになって、蛾形様が起きる頃合いです。蜜蝋さん、私は蝶番様をお迎えに上がりますねぇ」
「ええ、ええ、こちらは蛾形様のお支度を」
 二人、それぞれに分かれる。蝶番、雲に入り翅を畳むと、白の和装を纏った姫へと姿を変えた。時折、織り込まれた銀糸がてらてらと瞬く。蛾形、寝所より顔を出し、蜜蝋が衣を替え髪を梳く。赤の和装に、金糸で縫い施された紋様が映える。
 両者お付きに促され、上座へと就く。
「おはよう、蝶、昼の遊覧は可笑しかったかい。ただ、ね、一緒に飛ぶことは叶わず」
「おはよう、夜の蛾形とは、朝霧夕闇にしか会えないものね」
「本当に。お互いの姿は似ているけれど、蝶と蛾、まるで役目が違う」
「それでいても、花、蜜を制するは同じでしょう。蜜はいかが」
「宵の景気付け、頂こうかね」
 蜜蝋、蝶番に徳利を、蛾形に猪口を捧げる。姫々、どちらからともなく身を寄せる。
 蛾形、伴侶より杯を貰い、淑やかに口付け、香りを食み嚥下する。
「美味しい蜜じゃ……寝起きの身に沁みる。自然の宝物、沃土清水に咲く花から滴る蜜に並ぶ絶品、それも今は昔」
「近頃取れるものも、濁り蜜ばかり」
 蛾形、黙して杯を煽る。
「蝶番様、蛾形様、珍しいものが見えますよ」と、姫元へ駆け込むのは蜂餓。
「あらあら、何かあったのかしらね」
「ああ」面を戻し「蜂餓、良いぞ、申してみよ」
「はい、氷張りの池で、何か、小さい男の子が溺れておりますよ」
「人間の子か。氷の上で溺れるとは面白い奴じゃ。溺れるなら愛に溺れよ」と、蛾形。
「いえいえ。同級生らで睦まじく戯れ合う最中、重みで氷が割れ砕けて、一人がどっぽん嵌まりました。それは、さながら八寒地獄。他の者は蜘蛛の子を散らすかの様に」
「寒空の下。このままだと、溺死より、凍死するやもしれません」と、蜜蝋。
「そう。人間の大人は嫌いだけれど、子供は大好き……助けてあげましょう」
 上座を離れ、両手を広げる仕草をすると同時に、美しい白銀の翅が現れる。
「蝶よ、私の燐粉を使いな。人間の目には、姿が見えなくなるよ」
 蛾形の背より翅を一打ち、赤い燐粉を放つと、蝶番にひらひらと塗す。
 お気を付け遊ばせ。女中の案ずる声を背に受け、蝶番、翅を伸ばし広げて下界へ降りた。姿は誰にも見えず。
 池の上に浮遊、にょろりと蜜を舐める長い舌を伸ばし、幼年の手が届く傍に垂らす。
 その子、東光は命からがらこれを掴み、蝶ノ姫は雪の陸地まで引き上げた。翼を翻し、落ちる燐粉は粉雪に混じり、区別は難しい。姿現れ、ゆらゆら雲間へと舞い戻る。
「帰ったか。蝶、あれを助けただけかい」
「ええ?」応えつつ、自身を叩き、被った雪を払い落とす。
「溺れは無くなったが、雪の上でも寒いのは同じこと。動かなくなってしまいました」
「えぇぇ、困ったわねぇ。救いたいけれど……ああでも、もう日が暮れます」
 蝶番、寝所へと身を隠す。「お召し替えを」後に蜜蝋も続く。
「闇夜に染みるか。蝶は眠り時、朝日を待て。では、今度は、私が向かい導きましょう」
 声高らかに呼ぶ。「――花宮、花宮」ちょこちょこと、庭から現れた女児、花の化身。
「まいりました、およびでございますか」
「ああ。花宮、下界の子のことは聞いているね」
「ぞんじております」
「お前が二、三束ほど摘んできておくれ。手が軽くては、帰る時奴も申し訳がなかろう」
「はい」と花宮、礼式正しくお辞儀をして、鮮やかに彩られる庭へと赴いた。
 冬の花が咲き並ぶ中から、言い付け通り三束見繕い、和紙包み、蛾形へと手渡す。
「雪中花とは、花宮、粋なものを選ぶじゃないかい。蜜も良い。ご苦労だったね」
「はい、うれしくぞんじます」
「花言葉は、記念、でございますねぇ」と、蜂餓。
「ああ、携えさせるには打って付け。黒天井を舞い踊るついで、下界へ参ります」
「どうか、ご自愛をお忘れなく」蜂餓、頭を下げ送り出す。
 蛾形、降り立ち、東光を袖の中に抱く。その醸し出す雰囲気が、まるで母の様相。水気を拭い、温もりを与え、力失う子を優しく起こす。
 懐より水仙の花束をぬっと出し、子の腕の内へ。呆然とする子の目前で、両掌大の赤い蛾に姿を変え、東光は目を瞬き擦る。羽ばたき、木々を潜り進み、街まで林を抜ける道標を担う。子が花を抱えつつ雪を蹴り、覚束ない足取りで追従する。
 ひらひら、よろよろ、ひらひら、ひたひた。繰り返す。
 街が見えた所で蛾形は姿を隠し、東光は見知った街並みに安堵する。子は一度暗い林を振り返った後、恐ろしくなり、一目散に家に向かって駆けて行った。
 蛾形はそれを見届けて、雲の住まいへと戻る。出迎えは蜜蝋。
「お帰りなさいませ、いかがでしたか」
「大事無い、子も帰った。今時分は、本物の母の腕の中でしょう」
「それは良うございましたね」と、にっこり微笑む。「最後までご覧になられては」
「ああ、そうさせて貰います」再び雲の隙間より下界を望む。
 別れた先。人間のねぐらへと無事帰る。帰るが、一間置いて極寒へと放り出される。
 手土産の花束、茎折れ、花弁落ちる。子も同じ。その屍を拾う者無し。
 泣き喚き、鉄製の戸をごんごろ叩いては、母を呼ぶ。また泣き叫ぶ。母を乞う。
「あれあれ、あんなに滴を零されて」と蜜蝋、不安めいた表情を映す。
 子、裸足で林まで駆け抜け、池の手前にて、餓えと寒さで倒れ力尽きる。
 蛾形無言、翅を広げて、するりと子の前へと降り立った。
「……母はいれども孤児か、のう」
 蛾形、以前同様に胸へ抱き、揺りあやす。子、しばしばと瞬いてから目を覚ます。
「お前はこれから、私どもの元で新たに生きるのです。時に子よ、名を何と申す」
 子、東光(あずまぴか)と、辿々しくも名乗りを上げる。
「あずまは良いが……ぴか? ぴかとは。何とけったいな名。私が新しい名をあげましょうね。光太郎と名乗るが良い。家名は捨てよ」
 子、与えられた名を呟いてみせる。しかし物心の無い七つの子、首を左右に、実母を呼ぶ、乞う、母に会えないのかと問う。引っ掴む。
「ああ。……」目を伏せ打ち沈む。「子よ、子よ、もう見捨てられたのだ」
 蛾形、そのまま子を抱え、飛び、天の雲間へと連れ帰る。
「おかえりなさませ、蛾形様」
 今ほどの出迎えは花宮。抱いた子と目が合い、ふんわりと花の微笑を投げる。
 蛾形、この機にと、花宮に光太郎を預け、庭への案内を申し与える。
 両者小さき手を取り、翔ける、跳ねる、花びらを纏う。秘薬の蜜を飲み交わす。
 光太郎、先刻現世を去り、この時より、天上を差し照らす光の物の怪となる。

                                     了

短編小説 『タオル』『文庫本』『虹』

2012年03月01日00:04

   『タオル』『文庫本』『虹』


 私には、好きな文庫本がある。
 もう七年になるか。看護学生時代に、その本の言葉巧みな七色に魅せられ、心に根付き、今でも患者さんに対する看護の心得の一部になっている。
 私の癖として、人と話す時には、半ば必然的に話題に織り込む事柄なので、同級の多く、女性看護師らはしかめっ面を浮かべる者も少なくない。
「変わんないね」「九官鳥さんですか」「昨日も聞きましたよ」「耳タコっすよ」「飽きた呆れた居眠りしてた」「本の虫野郎!」
 と、色々持て囃されてはいるが、特に治そうとも思わない。
 患者さんの中には、老若男女、軽症で安定している者、重症で安静を余儀無くされている者、手術前で不安定な者等々あるということは、想像に難くないだろうと思う。
 入院が長引き、見舞いのいない患者さんから、友達がたくさん寄る患者さんへ、苛々と嫌味を当て付けることも珍しくない。
 それらの、蟠った、昂ぶった心のケアも看護のうちである。
 よく学生さんから、笑顔を絶やさない看護師を目指す、なんて下りを聞くが、実際はそう上手くなんていきはしない。
 重要ではあるのだが、自身が頭痛や悪心等に苛まれている時も笑っていられるのか、という話になる。
 それに、患者さんが落ち込んでいる時にも笑っている訳にはいかない。文庫本より倣った受け売りで難だが、状況やニーズに合わせた喜怒哀楽の表現が大切だと、私は心に留めて接している。
 私はまだまだ若僧ではあるが、それなりの患者さんを担当し、それなりの退院者を見送ってきたつもりだ。研修の頃は、患者さんに気に入られず、担当を外されたこともあった。相手もやはり人間である。
 当然、力及ばず、『別れ』の見送りもあった。
 嫌というほど〝真っ白〟なタオルを手に、役目が終わり、横たわったずぅんと重い身体を清拭していく。魂が抜けて軽くなる、などということはなく。
 ぼろぼろ泣き崩れるご家族に、患者さんを届け渡す度、私は思う。
 涙の数は、その人の人生の善し悪しに、比例するのだな、と。
 見送った後、日なたに出、青空を見上げれば、虹が掛かっている。涙達の道しるべ。
 雨の日は、天が泣いて道を作り、川に乗って行くのだろうかね。
 さて、私は愛用の文庫本を閉じる。
 短めの休憩を終え、院内の洗濯済みのシーツを干しに、カゴを抱え屋上まで上がれば、虹の橋が目に映る。今日もまた、誰かが天へと昇った。

                                   了

短編小説 『熊手』『海ほたる』『宇宙飛行士』

2012年03月01日00:03

   『熊手』『海ほたる』『宇宙飛行士』


「――これより帰還します」
 私は任務を終え、調査用機器を停止、メンバーがいる本船に連絡を送る。
 地球、屋久島より飛び立ち、月を越え、火星、小惑星帯を過ぎ……四つの衛星に出会いながら、長い旅路ののち木星までやってきた。
 重力も大きさも巨大で、赤茶けたガスが幾重にも渦巻く星。その流れに沿い、船を高高度で並走させ、私がケーブル付きの宇宙服を着込み、機器を携え降下する作戦だ。
 ガス流が掴めず、計画より円滑には進まなかったが、木星サンプルは回収出来た。
 私は機器を仕舞う。塵を回収する為、水掻きの付いた熊手に近い見た目をした、何とも原始的な機械だが、極地でも操作しやすい様にコンパクトな設計にしてくれている。
 そのサンプルも含め、多々を無事に持ち帰ることが、第一の使命となっていた。
 生身ではない。世界初の、ロボット宇宙飛行士。アンドロイドとも言う。当然船員も同タイプで、生物は一切搭乗しない計画だ。と、通信が入った。
『こちら海ほたる。げんじ、本船への帰還が予定より遅れています。どうぞ』
「了解、こちらげんじ。現在ガス流が安定せず、煽られ、難航しています。どうぞ」
『了解。東より嵐が接近しています。本船への到達予定時刻、十一時二十六分。十分に気を付けて下さい。どうぞ』
「了解」
 嵐! ガスの中を漂う宇宙塵がうねり、風速何千メートルもの暴風が想像を絶する衝撃で襲い掛かると思われる。
 もし到達時刻までに帰還出来なければ、本船まで危ない。今いるこの私も、粉微塵となって消し飛ぶだろう。……急がねば。
 私は油断せず、流れと位置をしっかり確認しつつ、安定空域を目指し退避する。流れからはみ出れば、木星の逆回りのガス流に入り、嵐同様砕け散ることになる。
 我ながら、作り物の身だからこそ出来ることなんだろうな。
 思えば、青の地球から打ち上げられて十余年。連絡を取るにも、往復までに一時間以上のズレがある。帰る頃には、新たな技術が確立され、もう私達の成果など必要とされていないのかもしれないが、みんなが待っていると信じて。
 海ほたるは、暗黒の中で後部を光らせて星の海を飛ぶ船を蛍に見立てているらしい。データにはあるが、蛍というものを現実に見たことがない。光る生き物、か。
「これより帰還再開します」
 一瞬煽りが治まり、特殊繊維のケーブルを巻き上げ始め様とした時、遥か遠方に空間の〝歪み〟が見えた。直後には、恐ろしく速い強風が津波よろしく私の身体を流す。
 それに伴い、未だぶら下がった私共々を安定させる様に飛行する度、船もまた、木星内へとじりじり吸い寄せられていく。懸念する嵐もすぐにやってくる。
 このままでは、木星探査そのものが失敗に終わってしまう。
「…………」
 下降限界の危険域間近に迫る直前、尾を引く長いケーブルが切断された。
 私と熊手が、本船から急速に離れ、落ちていく。アンドロイド一体とサンプルの回収より、一時離脱からの再試行が自動選択されたのだろう。合理的な選択だ。
 それでいい。本船には、まだ機器のスペアも、代わりのメンバーも存在している。
 同時刻、嵐到着。私はその真っ只中に呑み込まれた。
 ガス嵐の威力凄まじく、四肢から徐々に解体され、歪曲し、飛び散る部品は七色の光を発しながら雲間に消えていく。
 光線等からの劣化を防ぐ宇宙服の窓に、煌く白い塵が付着し、きらきら光る。その奥で、上空で、海ほたるが上手く離脱して行く光景が、最後に見えた。
 だが、彼らは必ず計画を成功させ、サンプルを地球まで持ち帰るだろう。
 心が芽生えた私より、何倍も純粋なプログラムなのだから。

                                    了

短編小説 『小判』『ハワイ』『ネットアイドル』

2012年03月01日00:02

『小判』『ハワイ』『ネットアイドル』

「みんなー!! いつも応援ありがとー!!」
 そうマイクで叫ぶと、どよめき、返し手で高唱してくれた。
 ステージの中央通路を通って、たくさんのライトスティックが踊る中、退場していく。
 その姿を消すまでの合間合間に、サービスアクションも適度に披露、出入り口扉前で、飾りだらけの衣装を翻し振り向き、「また来週も来てねー!!」と締め括った。
 これで、日曜日毎にやっているステージが終わりを迎えた。
 そう、私は、ファンからは女子大生アイドルとして親しまれている。ブログやツイッター他でも、連日話題が絶えない。
 しかし、それはこちらの世界の話ではない。
 過去、ネットワークが張り巡らされた時代から幾ばくか経った頃、ダイブネット技術とソフト〝Hermit World In〟、通称ハワイは開発され、私達の身近なところに現れた。
 掻い摘んで言えば、ネットに繋がったソフトの中に入って過ごせるという、擬似生活系の世界だ。先の通り、そこでは私も一住人で、アイドルを選んで活躍している。
 同じ様な活動をしている人を、男性女性を問わず、俗にはダイビングネットアイドル(DNA)と、いつの間にか総称する様になった。
 アイドルの綴りはIdolと書くが、ある掲示板で投稿された偉そうな一文に、Aidoruと載っており、それを面白おかしく引用し、揶揄の意も込めてDNAとなってしまった。
 前方の廊下曲がり角から、私に懐く制服姿の女子、見慣れた後輩が現れた。
「先輩、お疲れ様です!」
「お疲れ様です。また日曜に」
「はい!」
 私は、マネージャーもどきと挨拶を交わし、静かに楽屋へ入る。
 空間に手を翳し、所持衣装データバンクと接続、表示されたリスト群から、カジュアルな私服データを幾つか選び、具現し、瞬時に着替え終えた。裸になることもなく。
 つくづく、素晴らしい技術を開発したものだと思う。本当に……。
 ダイブの主体はアバターではなく、影響が現実に反映され兼ねないので、様々な注意が必要ではあるが、現世と違い、夜出歩いても襲われる可能性が皆無なのは頼もしい。
 中には奇特な人もいて、擬似世界でも農業をしていたり、街の掃除をしていたり。もちろんお金を稼ぐことも出来るが、共通の通貨はネット小判、略してネコバンだ。
 その名からのイメージ通り、子猫の模様が描かれたものを使用する。預ける銀行も想像そのままで、ネコバンクと言う。実在通貨や物品との変換は違法に当たる。
 ちなみに私の貯金は、約五三二七万ネコバン。ステージで稼いで、新しい衣装を買ったり、部屋の模様替えをしたりして遊んでいるが、主な投資はもう一つある。……。
 このダイブ技術の、開発者の男性を探しているのだ。
 ライブに来てくれたお客さんに聞いてみたり、あのマネージャーもどきに走ってもらったり、様々な手を尽くすが、未だに情報を一片たりとも掴めていない。
 また、ダイブをして探すのには理由がある。彼は、自らがダイブ技術の最初期被験者で、その接続実験中に深刻なエラーが発生し、魂ごと失踪した。
 現在彼は、病院の一室で秘密裏に、意識も戻らず植物状態となっている。医者の見立てでは、手の施し様がないらしい。あるとすれば、膨大なデータの中から彼の心を見つけ出し、復元、彼を接続したまま移植するしかない。
 技術的にも、確率的にも、まるで雲を掴む様な話だが、決して諦めるものか。
 そして今週も、手掛かりは何もなし。時間だけが過ぎていく。

 また日曜がやってきた。私は、リストバンドタイプの機器を手首に巻き、ハワイを起動する。仮に電源が落ちても、危険性はなく、ただただこちら側に戻されるのみ。
 トイレや悪戯等、現世で身体に異変を覚えたら、すぐリンクを中断することも出来る。
 操作主第一という経営者の方針も、爆発的に広がった人気の理由の一つだろう。
 本当に、どこまでも優しい男性だ。残した功績だけでも、表彰ものだろう。しかし、本人がいなければ、私にとっては意味はない。
 ライブ用の煌びやかな衣装データを呼び、実行、すぐ様衣装チェンジは完了した。
 段取り通り奈落に乗り、格好を付け、熱気溢れるステージに颯爽と登場して見せると、一斉に観客が波打ち、沸き立ち、声高に迎えられた。
 お客さんから多数投げ込まれる、金銀銅ネコバンのおひねりなんて、どうでもいい。
 私はただ、彼にもう一度逢いたい。話したい。
 だから、大切な恋人の魂を見付けるまで、未来永劫探し続けるだろう。
 たとえいかなる世界を隔ててでも――。


                                   了

短編小説 『眼帯』『コンビニ』『まな板』

2012年03月01日00:01

   『眼帯』『コンビニ』『まな板』

「ただいま」
 そう声を掛けて家に入っても、返す人は誰もいない。
 私は学生鞄を自室に放り、冬服のブレザーを脱ぎ捨て、私服へと着替えた。
 キッチンテーブルの上に、粗雑に置かれていた千円札一枚を見つけ、指で弄ぶ。
 お母さんは仕事の帰りが遅いので、いつもこうやってお金だけくれる。たまに早く帰
ってきていても、寝室にこもって、寝ているか、テレビばかり見ていることが多い。
 あの、お父さんが借金を残して逃げた日から、私とも全く話さなくなった。
 たとえ朝夕顔を合わそうとも、風呂トイレがかち合おうとも避けられ、私はまるで植
物であるかの様に、触れてもくれないし、目を合わせてもくれない。……目か。
 私の右目は、白い眼帯で覆われている。
 見えない訳ではないのだけれど、青い痣になっていて、鏡なりで傍から見ると、とて
も見苦しいので眼帯を付けることにしたのだ。
 まだお母さんが、家で料理を作ってくれていた時に、私が「今日、あんまり美味しく
なかった……」なんて口を滑らせたばかりに、酷く怒らせてしまい、丁度シンクで洗っ
ていたまな板を投げ付けられ、弾いて当たり所が悪く今の状態になった。
 学校のみんなは、こんな目を見ても嫌がらなかったけれど、やっぱり電車の中等では、人目が気になってしまう。先々週より、大分青味は引いてきている。
 怨んではいない。私にも非がある訳だし、それに、何より悲しさが先立った。
 借金を抱えつつ、私を養い、高額な私立中学にまで通い続けさせてもらっている中で、日に日に情緒不安定になっていくお母さんは、辛く、見るに耐えなかった。
 いつかまた、並んで食卓を囲める、普通の生活が戻るといいな……。
 さて、日が落ちないうちに、外での用事は済ませておきたい。溜まっている洗濯もし
なければいけない。私は縒れた千円札を、ポケットに捻じ込んだ。
 夕飯は何にしよう、なんて考えるまでもなく、コンビニ弁当しかない。
 
 出たはいいけれど、携帯を忘れてとんぼ返り。玄関のドアを開けてすぐ、お母さんの
草臥れたヒールがあることに気が付いた。珍しく夕方に帰っている。
 ちょっと話し掛けてみようかな。きっと無視されるだろうけど、何もしないよりは。
 ダイニングチェアーに掛け、うな垂れているお母さんの背をつんつん突き、
「お母さんおかえり、今日は帰るの早かったんだね!」
 私は努めて明るく声を掛けた。でも、
「……早くて悪かったわね。私がいて煩わしい?」
 隈の出来た、虚ろな双眸をぎょろりと向け、
「楽しそうな声しちゃって。あんたは何の仕事もしなくていいものねぇ?」
 金食い虫と吐き捨て、さっさと自室へ行ってしまった。
「…………」
 残された私は、お母さんのあまりの態度に心崩れ、爪が食い込むほど強く両拳を握り締め、唇を噛み、ついにシンク下から包丁を取り出して手に握った。
 握ったのだけれど瞬く間に我に返り、お母さんが台所に立っていた姿が彷彿と蘇る。
 笑っていた、優しかった、温かい手料理、美味しかった、嬉しそうな顔、一緒にした
後片付け、割ったお皿、困った顔、切った指、巻いてあげた絆創膏、『ありがとう』。
 想い出に溺れてからは、包丁なんて持っていられなかった。傍らの真鍮台に置き、私は膝を折って嗚咽を漏らした。私には出来ない。
 やっぱり、元のお母さんに戻ってほしい。どうしたら……。涙が眼帯に染み込み、沁
みる右瞼に触れながら、私が出来ることを考えた。

 小一時間経ち、近所のスーパーまでの買出しから戻る。
 結局、お母さんに倣って、手料理をして返すことにした。コンビニ弁当ではないので、
失敗したら、今日はご飯抜きになってしまう。
 私はフライパンやまな板等の調理器具を、戸棚から引っ張り出して、被っていた埃を
流し、調味料を準備し、さっきの包丁を改めて握り締めた。
 野菜を切りボールに入れ、鶏肉を断ち下味を付ける。学校の家庭科実習で数回やっただけだけれど、曲がりなりにも形にはなるものだ。つと換気扇を回す。
 油を敷き、野菜から炒める。フライパンが汚れるから、肉は最後なんだと言っていた。
 火が通ったら、一種一種別に避けておく。肉を炒め終わったら、そのまま全部を混ぜ合わせて、下味があるので軽く薄く塩胡椒を振り、醤油で香ばしい匂いを付ければ完成。
 味見をしてみれば、以前のお母さんのと似た味で、また涙が溢れそうになる。
 一人きりの食事。お母さんの分は、ラップをして、テーブルの上に置いておいた。
 食べてくれるかな、食べてくれるといいな、そういう想いを何度も反芻しながら過ご
し、日付を超えて、私はようやく眠りに就くことが出来た。

 翌朝、起きて見てみると、お母さんはもう仕事に出ていた。
 気になる昨日の夕飯を確かめに、件のテーブルへと赴くと、お皿は無かった。目を移
いしていくと、シンク内に、一応お箸と一緒にあるにはあった。
 捨てられたのではないかと不安になり、慌てて家中のゴミ箱を漁って回るけれど、特
には見当たらず、私は一度キッチンへと戻った。
 手紙も何も無い。でも、絶対食べてくれたのだと、私は内心安堵の息を吐く。
 安心したら、いつもの所にお金が置いてあるのが見えた。千円札が二枚。やつれたお母さんからの、不器用で拙いメッセージ。
 私は嬉しさではち切れそうになった。よぉし、今日もご飯を作って語り掛けてみよう。
 不健康で寂しいコンビニ通いは、もう必要ない。二度としたくない。
 あのまな板とは、これからも長い付き合いになりそう。

                                   了

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1/12 Lil’Fairy ~ちいさなお手伝いさん~ エム
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1/12 Lil’Fairy ~ちいさなお手伝いさん~ もじゃネイリー (リクエスト総選挙受注生産品)
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1/12 Lil’Fairy ~ちいさなお手伝いさん~ 猫の手も借りたい? ヴェル
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1/12 Lil’Fairy ちいさなお手伝いさん ~猫の手も借りたい?~ リプー
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1/12 Lil’Fairy ちいさなお手伝いさん ~猫の手も借りたい?~ エルノ
1/12 Lil’Fairy ちいさなお手伝いさん ~猫の手も借りたい?~ エルノ

1/12 Lil’Fairy ちいさなお手伝いさん リアム (リクエスト総選挙受注生産品)
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プロフィール

ayaka_hiduki

 こんにちは、桧月彩花です。
 手持ちのお人形さんや、着せ替えての衣装のご紹介、小物、フィギュア等の撮影&レビューを主にして、空いた時間に細々と更新していく予定です。

 まだまだ拙いブログ主ですが、どうかお付き合い下されば幸いに存じます。
 その他、公開済みの短編小説も掲載しておりますので、よろしければご一緒にいかがでしょうか。

 ブログ用のメアドはこちら
 pisello_odoroso_2012@hotmail.co.jp

 名前通り、Memories Offシリーズに登場した、永遠の14歳から頂きました。
 古いですが、PS版、PS2版、PSP版、小説版、どれも面白いので、一度お手に取って頂けると嬉しいです。

ざ・てきとー

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