エロイムエッサイム、我は求め訴えたり

   the third ―― Break whole, Loving Memories with
 

 私の右薬指に嵌めてある、指輪型通信珠が着信を知らせて灯る。
 しかし、すぐに応じることが出来ない。魔法世界に戻ってから朝を向かえ、私が今相対しているのは、青い魔女が造り出した強力な魔法生物。大樹と同等の大きな黒い龍。
 頭には二本の角。鱗は首から背、尻尾まで棘が生えて繋がっている。暗黒色の魔宝珠は額に着いている。細長い首をくねらせ威嚇し、赤く輝く相貌が光跡を描いて踊る。
 龍が唸り喉を震わせて、一旦けたたましく咆哮をすれば、生じた衝撃波が空間を伝い、遮るあらゆるものを超振動によって破壊する。
 私は咄嗟に氷の魔法を前方に張り巡らせ、障壁として凌いだけれど、何の防護も無い木造の学園や水車小屋が粉砕されてしまった。無残にも瓦礫の山と化す。
 長い尻尾を左右に振り、遠心力を加えた一撃が、私を突き出た岩肌へと叩き付けた。
 その場で胸を押さえて膝を突き、「けほっ、こほっ」と、肺へのダメージで反射的に咳き込んだ。蹌踉としながらも、杖を支えにして立ち上がる。張り出した胸が揺れる。
 龍から受けた被害は、白い魔女の妹がいれば殆ど治すことが出来る。でも、魔法は全能ではない。命の蘇生は出来ず、死んだらそこまで。だから、誰も死ねない。
「雷よ! 俯瞰に望める仇を焦がせ!」私の誘ないに呼応するかの様に、聖杖の先端の宝玉が薄紫色に輝いている。
 杖を振るい、龍の頭上に雷を落とした。眩い閃光を発し、大気を劈く轟音が反響する。
 斑に纏う黒煙の中から、ずいと顔を覗かせ、首を撓らせて猛毒の霧を吐いてきた。
 大気が淀み地が腐る。迫り来るその大量の毒霧に、私ですら思わず後退りしそうになる。しかし、杖を持つ手を握り締め、地を踏むブーツに気を入れて留まった。
 幼少から育ったこの土地を、家族や妹達との想い出を、これ以上壊されるわけにはいかない。そういう思いが、私を心身ともに一層奮い立たせる。
「風よ! 逆巻いては邪まな息吹を祓え!」風の力を経て、宝玉が薄緑色に光る。
 魔法を解き放つと、強い追い風が起こり、漂う毒霧を打ち払った。龍が若干怯むのが見て取れた。私は機を逸することなく、起こした風を利用して舞い上がり、上空で聖杖を構えて連続で魔法を唱え、追い討ちを掛ける。
「氷よ! 凍て付く桎梏において磔けよ!」宝玉は水色。龍を中心とした円周から、幾つもの鋭尖な逆さ氷柱が、重心目掛けてざくざくざくざくと立ち上っては突き刺さり、そこから青紫色の体液が流れ零れる。
「地よ! 巌猛々しく降り注げ!」宝玉は黄土色。私の二十倍はある岩盤を作り出して飛ばし、氷柱で身動き出来ない龍の頭へと直撃させた。衝突のエネルギー凄まじく、ぐるるる……と呻き声を漏らして、細い首がだらりと鞭打ち症の様に下方へ垂れた。
「水よ! 泡沫の細波より捕えて沐せ!」宝玉は青色。細く研ぎ澄ました高圧の一線を、地に伏せる龍の頭に照準を合わせ、その額の黒い魔宝珠ごと貫いた。
 追い風が吹き止み、「あっと」私は落下途中で杖へと腰掛けた。流れる様に龍の頭近くまで飛んで行く。遠目に様子を見た限り、どうやら息絶えてくれたらしい。
 魔宝珠は、真ん中の穴から幾筋もの亀裂が走り、そのままパキリと砕け散った。楔が壊れたことで龍の身も闇のあぶくとなって、陽に吸い込まれるかの様に昇って消えた。
 魔物の最後を見届けたし、とりあえず難は去ったかな、と一息吐く。町のみんなは、朝からお婆ちゃんが我が家地下で結界を張って、今も護ってくれている。
 私達がお婆ちゃんの転移魔法を受けた時、妹二人とは逸れてしまい、私は人間界の最南端である南極に転移してしまった。
 それもブリザード真っ只中で、もし私が魔女ではなく、魔法で炎の空間が作れなかったら、このローブ一枚では間を置かずに凍死していたことだろう。
 でも、どうして三姉妹が同じ位置に転移されなかったのか不思議に思う。世界の何かが歪曲し始めているのかもしれない。
 聖杖の宝玉は赤く彩られ、寒気を遮断する炎の壁を張り巡らせ続ける。そうして、ホワイトアウトさえ引き起こす猛吹雪を退けて延々歩き、低気圧帯の抜け口を探していた。
 杖は使用しているので飛翔には使えない。氷の上をとぼとぼと彷徨っていると、ある時通信珠の指輪が灯り、お婆ちゃんから突然の帰還要請が飛び込んできた。
 私は了解し、ワープ魔法を詠唱してこちらへと戻った。人間界へ行くことは禁じられているため、移動手段が門を直接潜るか特殊な護符を使うかなどで限られているけど、転移で魔法世界へ戻る分には世界のどこからでも普段と変わりない。片道切符。
 私だけを呼んだのは、魔力が一番高い人材がすぐにでも必要だったからだろう。
 青い魔女。実際に龍を相手にしてみて、あれだけ強力な魔法生物を作り出せるほどの魔力を、内に宿していることが分かった。人の心を削り取ってまで。
 私は踵を返し、お婆ちゃんのところまで戻ることにした。その矢先に、
「あなたが大魔女のお孫、黒い魔女さん、ですよね」
 声がした方を振り返ると、腰元に二刀の剣を携え、柄に手を置いてこちらに微笑む屈強そうな男が佇んでいた。私は彼を知っている。
 彼の髪は短めで、前掛けの後ろから、三つ編みの様な二本の赤紐を風に靡かせている。
「青い、魔女……」
 魔女はクラスの総称号で、男性でも中性でも魔女を名乗る。魔女狩り然り。
 私は杖を構えて臨戦態勢に入った。知らず知らず冷や汗が出る。
「ふふ、一人で無理をなさらない方がいいですよ。今の私は、七十億の心を魔力に変換していますからね。大魔女の結界さえ相手になりません」
「どうして、どうして掟を破ってまで人間に迷惑を掛けたの? 普通に暮らしていた人達の、大切な心を踏み躙ってまですることなの?」
 彼は私の問いに対し、ククッと笑みを零した。
「大魔女への仕返しのためです」
「なっ、お婆ちゃんへの仕返し? まさか破門されたから? たったそれだけの、局所的な私怨のために、何億もの……」
「ふふ、冗談ですよ。大魔女なんて実はどうでもいいんです」
「巨大な力を手に入れたからって自惚れて、私をからかっているの?」
「いえいえ、魔龍と同じくただの余興ですよ。本当の宴は、これからです」
 剣を一本ずつ鞘から抜き、私へ切っ先を向けた。陽光を反射してきらりと光る。
「手品を一つご覧に入れましょう。昔生み出した魔物がですね、身を軽くする能力を持っていたので、ありがたく頂いておきました。それがこれです」
 彼の身体を、赤味掛かったオーラがゆらゆらと纏う。確かめる様に剣を一本振るうと、剣尖がまるで見えないほど速い軌道を描いた。
 今ので満悦したのか、聞いてもいないのに、ナルシスト特有の独り言が始まる。
「私の目的は、全世界を隔てる次元の一律化。それを成すには、絶大な魔力が必要だったわけです」空を切り、もう一本を振るっては見惚れる。「だから人間界に直接赴く必要がありました。門の鍵を複製してまでね。まぁ、忠実なコピーとはいえ紛い物は紛い物、一回使ったところで壊れましたが」
「全世界の、一律化?」
「そうです。人間界も、魔界も、この世界も、同一空間上に存在させるのです。そうやって切っ掛けを与えてやれば、人間の特性上、必ずここへ調査と銘打って攻め込んで来ます。ふふ、実に面白いでしょう? 知らぬところで護られていた種族が、魔法の力をひと度目にすれば、貪欲に恩を仇で返してくる……。そうして、自らさえ滅ぼし兼ねない人間界の武器を持ち出してくれれば上々です。まさにカオスです。
 魔法と兵器と魔族、これらが一緒くたに存在する様になれば、下らない人間界の尻拭いや、ヘタレなこの世界のお守りをしなくて済む、そうでしょう?」
 同意を求められても、私には何一つ理解出来なかった。ただただ首を振る。
「分かりませんか? まぁそれでもいいです。私は私で、計画を強行するだけですから」
「――ぐあっ! あぅ……う……」
 気が付いたら、私の下腹部に膝蹴りが打ち込まれていた。女の臓器が悲鳴を上げる。
「う……う……はぅ……」
 膝から崩れ落ち、地を這い、砂を握り締める。頭の上から声が聞こえる。
「計画を円滑に遂行しようと、邪魔なあなた方三姉妹には、アースワームを餌に人間界へと向かってもらったのですが、あなただけ随分と早く戻ってきたものですね。
 ふむ、下準備で三世界に楔を施したせいで空間が――」
 ブツブツ何かを言っているけど、痛みで耳に入らない。私は下腹部を押さえながらも、顔を顰めて立ち上がった。彼は、戦争に慣れている本物の魔女、そう思った。
「つ、まり……陽動、だった……のね」
「そんなとこです。ところで、寝たまま処分された方が、楽だと思うんですがね」
 高速の剣戟で切り刻まれ、ローブを破いて肉を裂き、赤黒い血飛沫が点々と空を舞いぼたぼたと落ちる。彼は剣を地へ突き刺した。
「ぐっ……がっ……」
 私は瞼が今にも下りて気を失いそうなのに、片腕で首を絞め上げられる。足が浮く。
 息が出来ない。視界が霞む。口から唾液がだらしなく垂れる。
 意識が途絶え掛けたその時、腰裏の短剣を抜いて勢いよく振り上げた。首が開放されて足が着く。私は咽せて何度も何度も咳き込んだ。唾液を拭って顔を上げる。
 彼はたじろぎ、頬に一線、短剣による傷が出来ていた。
「魔女クラスだけなことはあって、女性ながらよく粘りますね。ですが」
 二刀を収め、魔法詠唱の姿勢に入る。
「早々に退散して頂かないと、予定が狂うんですよ。あしからず」
 彼の周囲に、集積した炎の魔力が凝縮してゆく。私はその魔法の種類に気付き、背を向けることも厭わず、聖杖に乗って一目散に飛び立った。
 直後、彼を中心として大爆発が起きる。轟音を立てて、爆風が私を巻き込んだ。杖から落ち、衝撃に流されるままごろごろごろごろ引っ繰り返って漸く止まった。
 土煙が徐々に晴れる。私は擦り傷だらけで、ローブは砂埃に加え更にボロくなった。
 爆心地にはクレーターが形作られている。ハッと意を向けると、青い魔女が再び何かを詠唱していた。一人では勝てない。せめてもう一人……。
「誰か、誰か聞こえる?」
『はい私。姉ちゃん?』
 妹の声が聞こえる。通信珠を連結してくれた。私はすぐに用件を伝える。
「すぐに、戻ってきて」
『どうしたの? 何かあったの?』
 彼は岩を削り、幾本もの槍を放ってくる。恐らく魔物から会得したものだろう。
 私は地を蹴って走り出し、降り掛かるそれらを踊る様に避ける。
「青い魔女、そっちのは、陽動だったのよ。だから、早く、戻ってきて――きゃっ」
 彼の繰り出す石槍をかわした弾みで躓き、押し倒され、通信が途絶えてしまった。
 起き上がろうとするも、顔のすぐ横に剣を突き立てられる。
「無闇に動くと、白い頬が私みたいに切れますよ」
 言って、私の右薬指から指輪を抜こうとする。「連絡ですか。余計なことをしてくれますね」私は指を丸めて抵抗した。
 しかし、意に介さず力ずくで拳を抉じ開けられ、薬指の骨がめきりと折れる。
「――あぅっ!!」駆け抜ける想像を絶する痛みに、悲鳴さえ押し殺される。私は杖をからんと落とし、歪に曲がった薬指を庇う。脂汗が額に浮き出てくる。
「ふん」彼が一つ念を込めると、指輪は風化し崩れ去った。「黒い魔女ですと、この程度ですかね。所詮、女は女でしかない」
 剣の腹で、顎を上に向けさせられて、痛みで引き攣った表情を眺められる。「あっ!」片方の乳房を鷲掴みにされる。私は反射的に後方へ飛び跳ね、彼から遠ざかった。
「ふふ、ご自慢の杖をお忘れですよ。ふくよかなレディ」
 聖杖が蹴り飛ばされて、目の前まで転がってきた。私の心が黒に支配されていく。
 まだ男の人を知らない女の象徴を触られて、しかも愛用の杖まで足蹴にされた。同じ魔女クラスだから手加減していたけれど、もう詫びても許すものか。
 内情を表すかの様に、宝玉が漆黒に彩られ始めたその時、
「はいお待ち」
 妹が、白装束を翻して現れた。宝玉から魔力が抜け、元の無色へと変わる。
「あぁ……」
「随分ヤバそうだけど、姉ちゃん大丈夫?」
 眼鏡の奥、懸念した眼差しで私を見遣る。
 掻い摘んで経緯を話しながら、裂傷を塞ぎ、負傷していた指も治してもらった。しかし、ローブを修繕する暇は流石に無かった。あちこちの裂け目から桜色の下着が覗く。
「なるほど、魔龍と青い魔女と連戦したってわけ。無理しちゃって」
「ごめんなさい……」
「でも間に合って良かった。これからは二人で戦いましょ。接近戦は私に任せて」
「ええ、期待してるわね」
 私達は背を預け合い、場を仕切り直して魔女を見据えた。妹が両手に杖を持ち、本気モードへと変わる。彼女が相手をしている間、私は詠唱に専念出来る。
 彼は剣を抜いて応え、妹とまるで殺陣の様に火花を散らして打ち払い合う。両者互角で、機は譲らない。切り掛かられてはいなし、殴打しては受け止められる。
 素早い動作で攻守が移り変わり、ぶつかる甲高い金属音を辺りに鳴り散らす。
 チャンスを窺いつつ、私は聖杖を真ん中に固定し、詠唱の準備をした。魔女が合間に魔法を使っても、妹が光の魔法結界で防ぎ無効に終わる。
 彼の息が切れ、表情が段々と険しくなり、焦りの色が垣間見えた。一瞬体勢が崩れる。
「闇よ! 神奇なる力封じる刻印となれ!」
 私は隙を逃さず魔法を唱えて、完璧なタイミングで魔法を命中させる。頭に天使の様な黒い輪っかが現れ、強大な魔女の力を封じ込めた。
 詠唱しても何も起こらない。掛かっていた魔法も効力を失ったらしい。彼はしどろもどろになって、繰り返し繰り返し無駄に詠唱を続けていた。
「なぜです! なぜ、封じられる! 私には、七十億の魔力が、最高の魔力が……!」
「残念でしたッ」彼女もまた勢いに乗って、二刀を叩き落とし、杖を一本に戻して横薙ぎ気味に、彼の首を大樹の幹にまで押し込める。
「あんたねぇ、自分の器って、考えたことあるわけ」
 そして妹から真理を突き付けられて、彼は眉根を寄せ、心外だと言わんばかりに表情を歪ませた。先程までの余裕はどこへやら、破れかぶれに暴れ出す。往生際が悪い。
「氷よ! 凍て付く桎梏において磔けよ!」
 魔力で作り出された氷の双柱が、彼の手首を射抜く。氷柱の上を赤い血が流れ伝う。
 悪魔でも血は赤い、か。私は不意にそんなことを思った。妹もすっと離れる。
 それでも痛みで我を取り戻したのか、大樹に磔けられながらも私達に豪語する。
「ふっふふ……予想通り、大魔女直属の姉妹が揃うと勝てませんか……。赤い魔女を、魔界へ残してきて正解でした。ですが、まだ私は終わりませんよ。大樹自体が、世界から完全に消え去ってしまうとしたらどうでしょう? さぁ魔剣よ!」
 私はハッと顔色を変え、彼もそれを見てニタリと笑みを零した。落ちた剣から暴走した魔法力がどす黒いスパークを生じ、ばりばりと四面八面へと出でる。
 二本の剣は独りでに動き、一本は大樹に突き刺さり、もう一本は青い魔女の腹に突き刺さった。条件が満たされたのか、周囲に消滅のペンタクルを線引いて、黒紫の六芒星を形作っていく。よく見れば柄尻に真紅と深青の魔宝珠、剣自体が魔法生物だった様だ。
「そんな、やめなさい! あなたも消えるのよ!!」
 叫んではみても、私自身もう止められないことを経験則から把握している。浮かび上がった魔方陣が明滅し、大樹を枝葉から順に削り消してゆく。
「ふっ二人掛かりで、王手に詰められたんです。大樹の魔法力と、私の生命力を媒体として、今、魔法世界は幕を閉じる。存在そのものが消える。
 類い稀なシチュエーション。私が遺す最大の演出だとは思いませんか。ははははは!」
 狂ってる……。どうしてこんなことに……と、一瞬ネガティブな思考が芽生えるけれど、土壇場で思い倦ねるよりも、今出来ることを模索する。
「……もう閉ざすしか」傍らの妹も同じ考えの様だ。それは覚悟の一言。大魔女の血を引く私達二人が、これから何をすべきかが決まる。
 自然と顔を見合わせ、彼女は一つ頷いてから髪飾りの通信珠に手を翳した。
 無事繋がったのか、人間界にいるあの子に現状を話し始め、
「――だから一旦閉ざすの。あなたがもし人間界で、魔法力をゼロから培って、今以上の魔力を身に着けられたら、またこの世界を開いて頂戴」
 私も彼女らの通信に割り込んで、口頭なのが残念だけど、最後の会話を交わす。
「そういうことだから、あとはよろしくね。元気で過ごすのよ」
 連結を切る瞬間、「お姉ちゃん待って! おねぇ!! あねぇ!! まだ――」と珠が震えるほど声量のある声が響いた。
 私と妹は手を取り合い、聖杖と鉄杖を交え、禁断の魔法を二人掛かりで詠唱する。
 最上級のこの魔法を上手く発動させることが出来たら、全ての世界はいかなる他世界からも隔離され、封印される。それが〝閉ざす〟ということ。
 しかし、苦渋の選択ながら、完全な無に消え去るよりはベターだと思われる。何かしら断片が残ってさえいれば、復興の希望は潰えないからだ。
 いつの日か、外部からこの封印を解いてくれることを信じて。
 交差する杖の中心で、私達の持つ異種な魔力が混じり合う。それは歴史書にも記された、黒と白のプレリュードさながら――歴史は繰り返す。
 青い魔女も、身動きが取れない状態でこれを見据え、流石に血相を変える。
「や、やめろ! それはっ、自分達ごと封じるなど、気でも狂ったか!!」
 詠唱に着手したまま、私達も言い返す。
「それぞれ個々に存在し、平和を謳歌していた罪のない世界さえ巻き込んで、世界の統合、次元の一律化を無理やり望んだあなたが言うことではないでしょう」
「そうよ、あんたが余計なことしなければ、こんな破綻した物語は生まれなかったのに」
 役職は違えど、双絶の魔女クラス二人分の全魔力キャパシティを融合させた、古えより続く禁断の封印魔法が無事に完成する。
「行くわよ」「はい」
 私達のセリフを合図にしたかの様に、集った事象の歯車は一気に動き出した。
 大樹が根を残して消え去り、青い魔女も力尽きる。封印の魔法が作動し、世界がざらざらとしたスノーノイズに包まれた。空間を伝う波動の振幅が大きくなる。
 瓦礫も岩塊も、小川も桟橋も、大樹さえも、形あるものが次々に封じられていく、何もかもが閉ざされていく。〝終わり〟さえも。
 聖杖を持つ感触も、妹の手の温もりも途絶えた。全てが深淵の奥へと消える。
「これで、良かったのよね……」
 さようなら、思い出の魔法世界よ。また会う日まで――。

   epilogue ―― let cast a Elohim-Essaim